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2022年、2023年の合格体験記は順次公開予定です!!

生徒・卒業生の声

nito生徒の声

nitoの軌跡(2010~2024.4月)

中学合格実績
【国立】お茶の水女子大学附属1名、東京大学教育学部附属1
【都立】両国高校附属1名、白鷗高校附属
3
【私立】栄東
(東大コース)1名、青山学院1名、立教女子学院1名、成城学園3名、品川女子学院1名、東洋大京北1名、開智日本橋1名、山脇学園1名、三輪田学園1名、大妻中野1名、昭和女子大附属4名、十文字1名・(特待)1名、見学園2名、足立学園2名、日本大学第一2名、安田学園2名、かえつ有明2名、実践女子1名、女子聖学院5名、東京成徳大学附属1名、玉川聖学院1名、京華女子1名、和洋九段7名、中村1名・(都立白鷗両国コース)2名、麹町女子学園5名、駒込1名、成立学園1名、桜丘1名、星美学園1名、富士見ヶ丘1名、千代田女学園1名 他

高校合格実績
【国立】東工大附属1
【都立】国際1名、新宿2名、
竹早2名、小山台4名、駒場1名、三田4名、北園1名、小松川12名、城東6名、白鷗1名、墨田川6名、文京3名、上野5名、目黒5名、井草2名、都立総合芸術1名、江戸川5名、深川16名、広尾8名、東5名、工芸2名、都立産技高専1名、科学技術2名、芦花1名、江北1名、晴海総合9名、本所11名、小岩3名、園芸(動物)1名・(園芸)1名、杉並1名、大崎7名、飛鳥1名、葛飾総合1名、蔵前工科3名、日本橋4名、忍岡1名、葛飾野5名、竹台4名、芝商業5名、江東商5名、墨田工科4名、八潮1名、荒川工科1名、荒川商業1名、他多数

【私立】東邦大附属東邦1名、法政大二()1名、ICU()2名、中央大学附属()1名、朋優学院(国公立)2名・(特進SG)3名、青山学院()1名、駒込(S)2名・(S)4名、明治学院()4名、青陵()3名、国学院久我山()1名、宝仙学園(理数)1名、淑徳(S)1名、江戸川女子(Ⅲ)6名、東洋(特選)13名・(特進)12名、十文字(特選)1名、順天(特選)6名・(英語)1名・(特進)2名、専修大松戸(A)2名、日大鶴ヶ丘(特進)1名・(総進)1名、豊島学院(ス特)1名・(普進)1名、日大櫻丘(特進)1名・(総進)4名、國學院()8名、東京農大第一()1名、郁文館(東大)1名・(E)1名・(特進)7名・(進学)1名、京華(特進)2名・(進学)6名、淑徳巣鴨(選プ)2名・()4名・(特進)1名、成立学園(特進)2名・()1名、東京成徳(特進)1名・(進選)3名・(進学)2名、桜丘(S)7名・(A)4名、東洋大京北()5名、駒澤大学()3名、専修大附属()3名、目黒日大(進選)1名、大東文化大第一(特進)1名、安田学園(特進)11名・(進学)8名、関東第一(特進)5名・(A)11名・(G)8名、品川翔英(難関進学)2名、京華女子(特進)4名・(進学)8名、成城学園()2名、杉並学院(特進)1名、足立学園(文理)1名、SDH昭和第一(特進)3名・(進学)5名、日大豊山(特進)1名・(進学)1名、豊南(特進)1名、東京家政大附属2名、実践学園(特進)2名、保善(特進)1名・(選抜)1名・(進学)2名、文京学院大女子(特進)2名・(進学)3名、駒場学園(特進)1名、目白研心(特進)1名、日大第一()2名、武蔵野大附属千代田(MS)2名・(LA)7名、帝京安積()1名、東海大浦安()2名、二松学舎大学附属(進学)1名、富士見ヶ丘()1名、滝野川女子(特選)1名・(特進)1名・(進学)1名、帝京(進学)2名、修徳(特進)2名・(進学)2名、共栄学園(特進)2名・(進学)2名、目黒学院(アド)2名、駒場学園(国際)1名・(進学)1名、東京()1名、旧千代田女学園1名、サレジアン国際学園(本科)1名、岩倉(S)1名・(特進)1名・(7)7名・(運輸)1名、麹町学園女子()2名、関東国際(文理)4名・(外国)4名、貞静学園2名、立正大附属立正(進学)1名、東海大高輪台()4名、錦城学園()8名、正則()1名、旧東京女子学園1名、正則学園()4名、潤徳女子(進学)5名・(美術)1名、旧日本橋女学館1名、京華商業2名、中央学院中央()1名、愛国()1名、他多数

大学合格実績
【国公立】東京芸術大学音楽学部1名、千葉大学(看護学部)1名、首都大学東京(健康福祉学部)1
【私立】早稲田大学(文化構想学部)1名・(文学部)2名、上智大学(文学部)1名・(理工学部)1名、東京理科大学(工学部:学校推)2名、明治大学(国際日本学部)1名・(農学部)1名、立教大学(文学部)1名・(経済学部:学校推)1名、中央大学(法学部)1名、青山学院大学(法学部)1名・(国際政治経済学部)1名・(文学部)1名、法政大学(法学部)1名・(経営学部)1名・(スポーツ健康学部:学校推)1名・(経済学部:内部進学)1名、立命館大学(産業社会学部)1名、学習院大学(国際社会科学部)1名・(理学部)1名・(文学部:学校推)2名・(経済学部:学校推)1名、芝浦工業大学1名・(建築学部:学校推)1名、工学院大学(先進工学部)1名、成蹊大学(法学部)1名・(文学部)1名・(学校推)1名、成城大学(文学部)1名・(文学部:学校推)1名・(社会イノベーション学部:学校推)2名、明治学院大学1名、津田塾大学(総合政策学部)2名・(学芸学部)1名、東京女子大学(現代教養学部)2(学校推)1名、日本女子大学(文学部)2名・(学校推)1名・(家政学部)1名・(人間社会学部:学校推)1名、昭和女子大学(食健康科学部)1名・(国際学部)1名・(総合推)1名・(人間社会学部)2名・(グローバルビジネス学部)1名・(学校推)1名、聖心女子大学(現代教養)1名・(内部進学)2名、国士館大学(政経学部)2名、國學院大學(法学部)1名、日本大学(法学部)1名・(経済学部)2名・(危機管理学部)2名・(理工学部)3名・(学校推)1名・(建築:内部進学)1名・(経済学部:内部進学)2名・(経済学部:内部進学)1名・(歯学部:内部進学)2名・(危機管理学部:内部進学)1名、東洋大学(法学部)2名・(経営学部)1名・(文学部)1名・(文学部:内部進学)1名・(生命科学部)2名、駒澤大学(法学部)1名・(経済学部)2名、専修大学(法学部)1名・(商学部)1名・(経済学部)1名、武蔵野大学(法学部)2名・(経済学部)1名・(経営学部)1名・(人間科学部)1名、東邦大学(理学部)1名、東京農業大学(農学部)2名、玉川大学(農学部)1名・(総合推)1名・(教育学部:総合推)2名・(工学部)1名、東京都市大学(環境学部)3名、順天堂大学(体育学部)1名・(看護学部)1名、日本赤十字看護大学1名、杏林大学(保健学部看護:学校推)1名、東京女子医科大学1名、城西大学(薬学部)1名、大東文化大学(文学部)1名、帝京大学(薬学部)1名・(医療技術学部)1名、国士舘大学(法学部)1名・(文学部:総合推)1名・(体育学部)1名、麻布大学(生命環境科学部)1名、帝京平成大学(現代ライフ学部)1名・(健康メディカル学部)1名、東海大学(情報理工学部)1名、東京工科大学(医療保健学部理学療法専攻:総合推)1名、亜細亜大学(法学部)1名東京国際大学(経済学部)1名・(学校推)1名学習院女子大学2名、白百合女子大学(文学部)1名・(人間総合学部)1名、フェリス女学院大学2名、清泉女子大学(指定校推薦)1名、共立女子大学(文芸学部)1名・(家政学部)1名、大妻女子大学(家政学部)3名・(文学部:総合推)1名、実践女子大学(学校推)1名・(総合推)1名・(一般)2名、共立女子短期大学(総合推)1名、実践女子短期大学(総合推)1名、東京家政大学(家政学部)1名、跡見学園女子大学(文学部)1名、十文字大学(総合推)1名、和洋女子大学(家政学群)2名、鎌倉女子大学(家政学部)1名・(学校推)1名、日本女子体育大学(一般)1名・(総合推)1名、海上保安学校1名 他

2021年の合格体験記

都立 三田高校 合格

 私は三年生の夏にnito個別学院に入りました。当時、私は英語が苦手だったため点数を伸ばすために入りました。元々姉が通っていたということもあり。特に緊張することもなく勉強に集中することができました。入ってすぐには結果は出ませんでした。しかし、伸び悩んでいた時から少しずつ身についていき、学校のテストや模擬テストで良い結果を残すことができるようになっていきました。英語ができるようになっていくのと引きかえに、国語と数学ができなくなっていってしまいました。模擬テストを何度やっても点数が上がりませんでした。僕は今まで家で猛勉強をしたことがなかったため、とても地獄のような日々でした。それでも合格するために僕に足りなかった物は確実に「勉強量」でした。冬期講習は、夏期講習の時よりコマ数が少なく自宅での勉強に力を入れようと思っていました。僕は、冬期講習をやって本当に良かったと思っています。冬に頑張ろうと思っていた自宅での勉強も結果的に捗らなかったため、必死に塾で勉強しました。それによって模擬テストの英語の点数は安定していき、苦手だった数学や国語の解き方も分かるようになっていきました。直前対策や二十四時間特訓などの様々な団体授業を経て、基本的な力をつけることができました。その結果、模擬テストの点数が高い教科も出てきました。しかし、低い教科も依然として残っていたため、とても不安でした。

 不安が残ったまま当日を迎えました。前日から緊張がほぐれず、試験が始まっても手の震えが止まりませんでした。今回の理科は今までと形式が違い、とまどってしまうこともありました。それでもあきらめずに最後までやりきることが大事だと思いました。その結果、第志望校に合格することができました。合格できたのは、間違いなく先生方のおかげだと思います。本当にありがとうございました。

2021年 両国中学 卒)

都立 小松川高校 合格

 私は中学生になったら勉強が難しくなると思い、小学六年生の冬にnito個別学院に入りました。個別指導で自分に合った学習ができるという理由からこの塾を選びました。

 普段の授業では学校の予習をしていました。そのおかげで定期テストでは常に良い点をとることができました。八月に初めての模擬テストがありました。中学一年生のころから塾で基礎をしっかりと勉強していたので、結果は安全圏でした。でも、模擬テストと学校のテストでは問題の形式が違っていたので難しく感じました。特に英語は趙雲問題が多く、今まで長文を読む練習をしていなかったため対策が必要だと思いました。そこで目標時間を決めて長文を読み、解くスピードを上げる練習をしました。数学では正答率が低い問題もとれるように、応用問題をたくさん解きました。国語は元からとくいだったので、どのように勉強したらよいか分かりませんでした。そこで授業で長文の読み方や作文の書き方のコツを教えてもらいました。このように冬期講習で三教科を中心に勉強した結果、最後の模擬テストでは偏差値が上がっていました。勉強した成果が表れてうれしかったです。

 入志本番では落ち着いて取り組むことができましたが、定期テストや模擬テストとは雰囲気が違い、全ての力を足すことは難しかったです。それでも無事、第一志望に合格することができました。合格できたのは先生方が色々な面で支えてくれたからだと思います。本当にありがとうございました。

2021年 両国中学 卒)

都立 小松川高校 合格

僕は中学二年の冬、家が近いからという理由でnito個別学院に入りました。そこから約一年間お世話になりました。

それまで塾に入ったことのなかった僕は今までやってきた勉強ではすぐに置いていかれるとnitoに入って思い知りました。

三年生の受験を意識し始めてからは、どんどん勉強量が増えて行きました。きつくなかったといえば嘘になりますが、それ以上に苦手だった英語の長文が速く読めるようになったり、今まで解けなかった問題が解けるようになるのはとても嬉しかったです。nitoの先生方は、苦手分野を中心に教えて下さり、勉強のことだけでなく、模試の結果が悪かった時気持ちを保つアドバイスをくれたり親身になって接してくれていたので、最後まで諦めずに勉強を続けることができました。

nitoに入って勉強する中で、諦めないで最後まで取り組むことの大切さと、日々の積み重ねの大切さを学びました。これは、勉強の時以外でも重要だといえることだと思います。nitoで学べる意識を、高校生活からその先の人生において活かしていけるように頑張りたいです。

2021年 両国中学 卒)

都立 小松川高校 合格

 中学校生活の後半は、新型コロナウイルスによって、とても大きく影響を受けた。そんな中。二年生の冬期講習で三年生の教室と英語の内容を先取りして勉強した。これが、私の受験をしっかりと支えていたことは間違いないと思う。塾では、解説を一回一回してもらうのではなく、できる問題は、特に何もしないで、つまずいた問題だけをしっかり解説してもらうというようにしていた。このやり方は、とても自分に合っていたように感じる。塾ではあまり自習をしてはいなかったがその分、家でやっていた。その方がしばられている感じがなくのびのびできたと思う。

 定期テスト前は、他の人より少し早くから対策を始め、細かい所まで気をくばってやっていた。そのおかげで平均的に90点を取り続けることができた。この成績のおかげで自分の持てる点がぐっと上がったと思う。高校選びでは自分の学力に合っている高校を出してもらい、そこから小松川高校を選んだ。V模擬で、最初はB判定だったが最終的にはA判定に上がった。

 本番は過去問よりも難しく、受けた後に落ちているかもしれないと思っていたが結果的に受かることができてよかった。このような結果を出せたのは、自分の力が大きいとは思うが、それをもっと伸ばしてくれた講師の先生たちに感謝をしたい。

2021年 本所中学 卒)

都立 本所高校 合格

 私は小学校5年生に入塾しました。きっかけは親に「中学校に入る前に塾へ通ったほうがいい」と言われたからです。塾に入る前は個別にしようか団体にしようか迷いました。でも、団体塾の体験に行った時、分からない問題をあてられてとまどったので、団体は私にあってないものだと思い、色々な個別塾を体験した上でこの塾に入塾することを決めました。

 月日がたって中学校1年生。私は日々の勉強を怠けてしまう性格があり、テストの点数は上がることはありませんでした。しかもそれは中学2年生の終わりまで続きました。3年生になってからは今まで伸びなかった英語が急に上がりました。また。英検3級もとれたので、モチベーションも上がりました。私は英語と数学の授業をとっていたので、今までやってきてよかったと思いました。

 しかし、前期の期末テストで今まで良かった数学が急激に落ちてしまい、模試の結果が20%以下になってしまいました。先生のアドバイスもうけましたが、1月の最後の模試まで判定は変わらず、第一志望の都立にはもう受からないだろうと思っていたときもありました。でも、その模試が終わった後、本気で受かりたいという思いで勉強しました。団体授業では模試の過去問を解いたり、都立に出やすい問題に取り組んだりしました。団体授業は苦手だったのですが、だんだんと慣れていきました。また、冬期講習では分からない所を積極的に聞き、文章の読み方や作文の書き方までも丁寧に教えてくれたりと、たくさんの塾の先生が協力してくれました。そして、都立受験の当日。正直自身がなくて不安になったけど、結果は合格でした。友達からは、「合格率20%から受かるってすごい」や、「絶対受からないと思ってたわ」とか言われました。

 合格したのは自分自身の成果だと思ったし、たくさんの塾の先生、塾長、教室長の支えがあったからだと思います。高校生になったら日比野勉強を忘れないようにしていきたいです。今まで本当にありがとうございました。

2021年 両国中学 卒)

都立 白鷗中学 合格

 私がnito個別学院に入ったのは、小学4年生の冬頃です。この塾に入ったきっかけは、前の塾がとつぜんなくなってしまったからです。そして、私はnito個別学院に入りました。

 nito個別学院に入ると新聞を書き写す宿題がでて作文の力が身に付きました。また、夏休みや春休みなどは遠足があり、勉強がつらくても気分てんかんができました。このようなことがあり勉強に取り組むことができました。そしてある日の面談、塾長から白鴎という学校をおしえていただき本格的に受験勉強が始まりました。しかし、6年生の10月ごろからたくさん勉強をしなくてはいけなくなり、つらくなる時期もありました。でも私はなんとかその勉強を終わらすことができました。それは友達がいたからです。私には同じ学校を目指す友達がいました。その友達は同じ学校に通っていてとても親しい関係です。でもライバルでもあります。その時の勉強は友達の方が進んでいました。なのでくやしさがバネになったのです。6年生の12月ごろになると模試がありました。私は2回受けましたがその2つの結果はあまり良い結果ではなく、本当に受かるのか心配になりました。でもnitoの先生たちは理解できるまで教えていただき、白鴎の過去問の解説も時間をかけて説明してくれました。

 まもなく受験日という日には、問題を解くときは線を引くことなど様々なコツを教えてくれました。

 そして受験当日、もう落ちるだろうと確信していました。とける所は全てやったし、もう落ちてもいいという気持ちでした。合格発表の日、私は家のパソコンのマウスを動かし、受験番号を探したのです。見つけた時はおどろきました。何かの間違いだと思うほどです。

 しかし、友達は残念ながら落ちてしまい、とてもショックでした。一緒に同じ位勉強したのに…。私はその友達の分までがんばろう、そう思いました。そして私を合格させてくれたnitoの先生方、ありがとうございました。

 今後受験するみなさん、合格だろうと不合格だろうと、みなさんが努力した時間は決してムダではありません。むしろ、今後のためになります。だからこそがんばってください。きっとなにかいいことが起こるはずです。

2021年 二葉小学 卒)

(保護者様の声)

中学受験を目指す切っ掛けは「中高一貫校に入れば牛乳を飲まなくでも良いかもしれない」というネガティブな発想からでした。

 娘はまじめな性格で決められた事や目標に対して努力するタイプなのですが、唯一給食の牛乳は克服できず悩まされていました。

 牛乳からの解放を目指しnitoとは別の塾に通い始めたのが三年生の冬頃でした。しかし、一年も経たないうちにその塾はなくなってしまったのです。そこで、幾つかの塾に問い合わせ、面談や体験をしたのですが、nitoの塾長と初めてお会いした時に他とは全く違う熱量を感じ、ここでお世話になりたい!と直感したのです。生徒に対する情熱は当然ながら、これまで教育にかけてきた人生への想いを感じとり信頼できると思ったのです。

 娘も塾長を信頼しており、白鴎を目標にしたのも塾長の助言からでした。

 そして、白鴎を目指すなら「漢字検定を頑張った方が良い」「字は奇麗に書くこと」「学校の勉強や委員会なども努力して、私は小学校でこれを頑張りましたと言えるようにする事」等々、たくさんアドバイス、ご指導をいただきながら一つ一つの事を努力していたように思います。

 我が家の教育スタイルは放置型で、面談時「娘さんは家でどれくらい勉強していますか」と聞かれても私は即答できず、又、六年生になると毎日遅くまで自習をして帰宅する上、受験直前では帰宅後も勉強するよう指導があっても「そんなに頑張らなくても良いよ」と言ってしまう親です。

 それでも最後まで自分の目標に向かって努力したのは立派だと思いました。正直、合格しなくてもこんなに一つのことに頑張れたのだから、娘の財産になるとも思いました

 白鴎の校長先生も、親ではなく自分自身が白鴎に入りたいという気持ちを持って欲しいというような事を仰っていました。

 娘が強い意志と目標を持てたのはnitoの先生方、室長、塾長がご指導くださったおかげです。

 また、親が出来ることは何かと考えた時、私に出来ることは「一緒に悩む」でした。勉強は先生方にお任せし「応援してるよ」「大丈夫だよ」と声をかけ、不安や悩みがある時は一緒に考える。必要な時は私からnitoに相談してアドバイスをもらう。こうした連携の取れる環境にあったからこそ乗り越えられたのだと思い、心から感謝しています。

 nitoの皆さんの熱く丁寧なご指導、本当にありがとうございました。

2021年 二葉小学卒 母)

2020年の合格体験記

都立 新宿高校 合格

 中学二年生の夏、ケガでサッカーを休部することになってしまい、これを機会にきちんと勉強と向き合いたいと思い、nito個別学院に入ることにしました。どの先生もとてもわかりやすく、それでいて優しくおもしろかったので毎週の授業がとても楽しみになっていました。

 テスト期間になるとテスト範囲の中で自分のニガテな部分を集中して取り組み少しでも点数がとれるように工夫してくれました。また、英単語や社会の暗記テスト、理科の集団授業などで基礎をかためることができたので、本番でも基本問題を安定してとることができました。暗記テストは、「テスト全て合格するまで帰れない」という少し厳しいルールがありましたが、その厳しさもぼくたちを成長させてくれたのだと思います。

 ぼくは新宿高校を志望校にしていましたが、模試でD判定をとってしまい、今の自分では絶対に合格できないと思い、教室長や他の先生もぼくの課題や解決法をわかりやすく説明してくださり、その通りにやってみると次の模試ではC判定に上げることができました。これがとても大きなモチベーションになりました。それからは自分の勉強を組み合わせたり、本番に出やすい問題を解いたりして、効率と質を重視して努力を続けました。無事本番は終了、結果は合格でした。どれだけ高い目標でも、努力や工夫を重ねていけば、必ず達成できるのだと思いました。

2020年 両国中学 卒)

私立 大東文化大学第一高校 合格

 私がnito個別学院に入ったのは中学三年生の春。周りがみんな塾に入っていて、塾に行ったことのなかった私は一人で受験に臨むのが不安で入塾を決めました。私は人見知りなので上手く馴染めるか不安でしたが、塾長も教室長も先生方もとても優しいし話しやすく、友達もたくさんいたのですぐに馴染むことができて安心しました。授業では今まで知らなかった知識をたくさん増やすことができ、勉強すること自体も好きなので、塾に行きたくないと思ったことは一度もありませんでした。

 私は塾に入るまで、吹奏楽部が忙しかったこともありますが、試験前以外は宿題以外の勉強を全くしませんでした。しかし、その悪い習慣も塾に通い始めたことで、自然と自習ができるようになって改善されました。

 塾に入って良かったと思うことは他にもあります。一つ目は三年生最初の定期考査で念願の五科総合一位を取れたことです。それまでは頑張ってもずっと一位を取れず悔しかったのですが、塾に入って初めてとれたので、塾でのテスト対策のおかげだと思いました。二つ目は、Vもぎで都立日比谷などの上位校が相応校になったことです。志望校の合格可能性も95%をキープできたこともあり、とても心強かったです。三つ目は、学校で秋に受けた基礎確認テストの数学と英語で100点を取ることができたことです。今までずっと外部模試などは苦手意識があったのですが、半年間の成果が出たのだと思い、とても嬉しかったです。四つ目は、三年生の前期と内申書の成績で9教科オール5をとることができたことです。まさか塾に入ってこんなにもたくさんできるようになるなんて思ってもいなかったので、自分自身とても驚きました。

 私は志望校を二年生の秋に決めていました。この学校を選んだのは、絶対にこの学校のチアダンス部に入りたかったからです。もっと偏差値の高い高校に行った方がいいと家族をはじめ、塾の先生などから熱心に勧められました。塾長からは条件に合うチアダンス部が強い学校を探して紹介してくださったこともありました。しかし私の気持ちは最後まで変わらず、周りを説得して単願推薦で受験することになりました。最終的にはみなさんから理解して頂き、最後まで応援してくださったのはとてもありがたかったです。

 そしてこのように塾や学校の先生方のお陰で良い成績が取れたり過去問の点数が伸びたりしたことで、自信をもって受験に臨むことができました。結果、一番上のクラスに特待生として合格することができました。これは、最後まで対策をしてくださり、応援してくださった先生方のお陰です。私はこの塾を選んで本当によかったと思います。ありがとうございました。

2020年 本所中学 卒)

都立 上野高校 合格

 私がnitoに入ったのは中学2年生の冬でした。以前に入っていた塾では団体講座をとっていましたが、自分のペースで学習ができる個別指導に魅力感じ、何件もの個別指導塾の体験を受けた後にnitoに入ることにしました。

 私はnitoに入るまではあまりテスト勉強をしていませんでした。提出物を終わらせてテスト3日前に教科書読む程度のもので、結果として定期テストの点数はいつも微妙なものでした。可もなく不可もない点数だったため、当然内申も良いものではありませんでした。45よりも3が目立ったものでしたが、「次頑張ればいいや。」と軽く受け止めていました。しかし面談の際に塾長から「このままの内申だと楽しい高校生活が送れるような高校には進学できない。」と言われ、改めて定期テストや内申点の大切さを痛感しました。しかしその頃は志望校がはっきりと決まっておらず、いまいち受験勉強や定期テスト勉強に身が入りませんでした。そうして迎えた3年生の中間試験は勉強した教科とそうでない教科の差が顕著に表れる結果になってしまい、満足した結果は得られませんでした。すると塾長から「8090点を目指すのではなく100点をとるつもりでテストを受けないと良い点数はとれない。」と言われました。その言葉を信じて残りの2回の定期テストを悔いのないようものにしようと思い、100点をとるつもりで必死に勉強しました。そうすると本当によい点数がとれたのです。順位も上がり、目標にしていた学年順位1ケタ台に入ることもできました。しかしそれでも内申点は上がりきらず、その頃志望していた高校の基準内申点には届きませんでした。倍率や私立の併願校など色々と考えた結果志望校のレベルを下げることにしました。しょうがない、と思うと同時にもっと定期テストで点数を取っておけばよかったと後悔しました。

 そこからは受験に向けて気持ちを切り替えて理社を中心に勉強をしました。また、私が選んだ私立高校は確約の制度を採用しておらず、当日の入試の点数で合否が決まる学校でした。そのため学校や塾で自習している間は私立の過去問を解き、家に居る時は理社を頭に詰め込むというように、しっかりと区別をつけて勉強しました。その甲斐あって、私立には自分が志望していた科に無事合格することができました。都立入試当日はとても緊張しましたが私立高校に合格したことや良い判定をとれた模擬試験のことを思い出して心を落ちつかせました。試験中は理社の形式が変わり、今まで解いた問題の中で一番難しく感じたことから軽くパニックにもなりましたが結果は無事に合格することができました。

 私が高校に合格できたのは的確なアドバイスをくれた塾長やわかるまで丁寧に教えて下さった講師の先生方のおかげです。ありがとうございました。また、高校受験では内申点や理社を固めることの大切さを学びました。このことを生かして後悔のない大学受験をするために、高校でも日々努力していきたいと思います。

2020年 錦糸中学 卒)

都立 広尾高校 合格

 私が塾に入ったのは小学校5年生の夏頃でした。入った理由は、小学校の勉強に遅れを取らないようにするためです。中学受験はせず、そのまま公立の中学校に進学しました。

 中学1・2年生の時の私の成績は、何とも言えない微妙なものでした。常に50位以内にはいましたが、通知表には好きな英語にしか「5」はありませんでした。でも、特に気にするわけでもなく、なんとなく勉強してなんとなくテストを受けていました。

 3年生となり周りも徐々に焦り出し、私も勉強しないといけないと思い、前期中間テストは頑張りました。そしてそのテストで自己最高点、最高順位を取ることができました。しかし、初めての模擬試験では散々の結果となりました。その結果にも関わらず、「なんとかなるっしょ」と思っていました。そのため、受験生にとってすごく大切な夏休みを有意義な時間にでず、結果として夏休み明けの模擬試験では社会25点という最悪な点数をとってしまいました。私はとても後悔しました。「夏休みもっと勉強しておけばよかった」と、何度も何度も思いました。ですが、何度悔やんでも時間はかえってきません。だから私は、もう後悔しないように残りの学校のテストも冬休みも頑張りました。その結果、換算内申52、最後の模擬試験で志望校A判定をもらえました。

 そして受験当日。とても緊張しましたが、前日に塾長や講師の先生方からもらった応援の言葉を思い出し、乗り越えることができました。結果は合格でした。

 私が受験を通して感じたことは、当日の学力の点数ももちろん大切ですが、内申点もとても大切だと思いました。私は、内申点にとても助けられたと思っています。内申点がもし最後の学校の三者面談で上がっていなければ合格はしていないと思います。ですから、「日頃からの勉強や学校生活の態度もしっかりするべきだ」と受験を控えている方に伝えたいです。

 最後に、私が合格できたのは塾の先生方や家族の支えのおかげです。正直、勉強したくなくて泣いた日もありました。高校なんてどうでもいいやと思ったこともありました。しかし、気持ちを立て直して勉強できたのは、塾の先生方をはじめ、周りのみなさんのおかげです。本当にありがとうございました。

2020年 本所中学 卒)

都立 深川高校 合格

 私がnito個別学院入ったのは、中学3年生の夏でした。塾に入る前の私は、テスト勉強だけはしていたものの、それ以外では勉強せずに部活と遊びばかりで受験というものを全く意識していませんでした。

 先輩が深川高校で充実した高校生活を送っているのをみて、自分も行きたいと思いましたが、学校の面談で難しいと言われました。そこからnitoに通いはじめ、授業ではわからない部分を理解するまで教えて頂き、毎日自習室でひたすら問題を解いていました。

 それでも模試では努力圏だったので、さらに自習室に通い、間違えた問題は何度もやり直し、とにかく都立の過去問を解きました。

 そして、とうとう試験当日。3教科は自分でも自信があったのですが、理・社は思うようにいきませんでした。

 しかし結果は見事合格。合格できたのは最後まで熱心に教えてくれた講師の先生方、教室長、塾長のおかげです。高校に入っても、nitoで学んだことを忘れずに毎日勉強していこうと思います。本当にありがとうございました。

2020年 両国中学 卒)

日本大学経済学部 合格

 中学生になったら、絶対に部活に入りたいと思い、「部活と勉強の両立」を親に約束しました。入部すると、とても厳しい部で、朝練、夕練がほぼ毎日あり、疲れから勉強どころではありませんでした。そのため、成績は下がる一方でした。その頃、通っていた塾は、集団授業で、学力の違う人もいて、自分には合わなくなりました。そして、私は、中学二年からnito個別学院にお世話になりました

中学三年になると、自分の成績から挑戦できる商業高校を探しました。はじめは普通高校も希望していましたが、高校へ入学したら、必ず大学の指定校推薦をとれるように勉強に真剣に向き合うこと、常に10位以内を目指し学年上位の成績が保つことを決意し、商業高校の進学を決めました。

 高校一年生の最初から、定期テストの前には早く対策をとり、なるべく自習室に行くことを塾長に約束しました。しかし、その頃はまだあまり集中することができず、なかなか成績が伸びませんでした。面談のたびに、「このままでは無理だよ」と注意されていましたが、

私が本当に危機感を感じたのは、三年生になった時でした。塾長との面談でとても厳しい言葉を言われ、目が覚め、私は必死に勉強しました。

 志望校の提出の直前、指定校の出願条件にはギリギリでしたが、ずっと第一希望だった日本大学経済学部の指定校推薦をとることができました。面談のたびに注意してくれた塾長や大岐先生には感謝しています。大学に行ってもまじめに頑張っていきます。ありがとうございました。

2020年 都立芝商業高校 卒)

玉川大学教育学部 合格

私は高校三年生の七月にnito個別学院に入塾しました。入塾したきっかけは、大学入試の勉強を何もしていないことに焦りを感じたからでした。そして、以前から友達に薦められていたnito個別学院に入塾することを決心しました。

 私は入塾するまで、将来の夢や志望大学がありましたが、どこから勉強に取り組み、何をすればいいのか、全くわかりませんでした。そのため、身近な友達の偏差値が上がれば上がるほど、自分の将来が不安になっていきました。

 そんなときに塾長と面談をし、先生は私が考えもしなかった道を示して下さいました。それは玉川大学のAO入試でした。私はAO入試がそのようなものかを理解していなっかたため、AO入試で受験をする気はありませんでした。しかし塾長の丁寧な説明もあり、挑戦することに決めました。

 私が本格的にAO対策をしたのは八月からでした。玉川大学のAO入試はコミュニケーションシートの提出だけだったため、文章を書くのが苦手な私にとっては、とても大変なことでした。そんな私を最後まで指導してくださったのも塾長でした。日によっては7時間近く添削して下さいました。また玉川大学の教育方針にできるだけ近づけるよう、英検と漢検の準2級も取得しました。この2つの取得は合格への絶対条件だったため、何としても取得できるように頑張りました。しかし、決して勉強が得意ではなかったため、通常授業で行われていた英単語の小テストにほぼ毎回落ち、その度に教室長に圧をかけられ、再テストを受ける日々を過ごしていました。

 私がAO入試で最も大変だったことは、清書でした。清書は下書きを見ながら本番のシートに一発書きをしていましたが、少しでも間違えたり、気に入らなかったりしたら、新しいシートに書き直しをしました。私は56回書き直しをしました。

 AO入試は苦労も多かったですが、出願をしてしまえば、心が休まりました。しかし、塾長や教室長のお言葉である「受験の神様はみている」をモットーに、出願後も勉強を続けました。また、亀戸天神でいただいたお札に向かって毎日拝みました。

 私はサイトを見て合否を確かめました。自分が受かったことがわかると、安心のあまり言葉もでませんでした。これまで塾長と頑張ってきて本当によかったと心から思いました。もし私がnitoに入塾せず、塾長と出会わなければ、あのままどこにも受かることが出来なかったはずです。塾長には本当に感謝しています。また私のことを考えて圧をかけて下さった教室長や、授業をして下さった先生方にもとても感謝しています。五ヶ月というとても短い期間でしたがありがとうございました。大学生になっても頑張ります。

2020年 日出学園高校 卒)

海上保安学校 学生採用試験 合格

 私は高校1年生の夏休み明けに入塾しました。入塾したきっかけは高校の授業についていくことができず成績がどんどんさがってきてしまったからです。特に英語は200人中170位くらいの点数を取ってしまいました。

そこでnito個別学院に入塾しました。入塾するときに塾長と教室長から1日3時間は絶対に勉強しなさいと言われましたがこの約束を守ることができませんでした。このような生活では成績が良くなるわけがなく定期テストも散々な結果になってしまいました。そのため塾長からお叱りの言葉を受けてしまいました。それから少しずつ勉強するようになったのですが結局1年生の最後まで約束通りの時間勉強することはなかなかできませんでした。1年生の最後で塾長から「自分に甘えるのをやめなさい」と言われました。この時に私はロボットの全国大会に出場したり、学校の国際交流行事の委員長、学級委員を務め忙しい日々を送っていることを理由に勉強から逃げているのだと気づきました。

そして二年生からは言われた時間通り勉強し始めました。2年次の夏休み前の面談で進路がほぼ最終決定しました。この時に初めて、中学時代より憧れていた海上保安官になりたいということを打ち明けました。それまでは、海上保安官になるのは大変だから自分には無理だとあきらめていました。しかしこれから勉強をしなければならない状況なら海上保安官を目指してみようと考え、塾長と教室長に打ち明けました。打ち明けた時はかなり驚いた様子でしたがすぐに海上保安大学校と海上保安学校について調べて授業計画を作ってくださいました。海上保安学校は入試の時期がかなり早く今までのペースでは受験に間に合わないということが分かり授業の回数がかなり増えました。

しかし、3年生の初めまで部活や委員会が忙しく言われた通りの時間しか勉強できなかったので成績はあまり上がりませんでした。そのため塾長から「このままでは合格することはできない」といわれてしまいました。それからは必死に勉強しました。今まで勉強から逃げてきた私には本当に辛く何度もあきらめそうになりました。しかし、塾長や教室長、講師の先生が何度も励ましてくれてなんとか勉強を続けることができました。授業時間が終わっても30分以上勉強を教えてくれることもありました。講師の先生方が一所懸命に教えてくれたおかげで3年時の英語の定期テストでは3位になることができました。

そしていよいよ入試が始まりました。筆記のテストでは40問中 32問正解することができました。また、小論文の書き方を教えてもらい小論文試験も突破することができました。そして1次試験通過の通知が来ました。2次試験は体力・身体検査と面接試験でした。面接試験の対策方法が全く分からなかったのでダメもとで面接について相談したところ、私の授業が入っていない日にわざわざ時間をとって面接練習をしてくださいました。その時に話し方や、使わないほうがいい言葉、答えるのが難しい質問の答え方を教えてくださいました。また、面接カードの書き方を聞いたところ一日中指導してくださり、内容だけでなく文字の大きさまで丁寧に教えて頂きました。そのおかげで海上保安学校に席次が5番で合格することができました。

最後に言いたいことがあります。わからないことや悩んでいることがあったら迷わずに塾長や教室長に相談してください。かならず相談に乗ってくれます。そして最後まで一緒に考えてくれます。

私の海上保安官になるという夢を応援し、かなえてくださった塾長、教室長、講師の先生方、本当にありがとうございました。

過去の合格体験記

 高校受験

高校受験

国立 東京工業大学附属科学技術高校 合格

僕は、小学校6年生の5月、白鷗中学校に入りたいと思って、nito個別学院に入りました。以前は、家庭教師を雇っていましたが、話し過ぎてしまって辞めていたので、この塾は大丈夫かなと思いましたが、普通に授業ができました。教室長には、私立の巣鴨中学校も薦められ、二校とも受けましたが、結果はダメでした。しかし、頭のいい高校に入って見返してやると決意を固めました。

中学生になって、初めて内申というものがでましたが塾長に見せると、もうちょっと上げられそう、と言われました。そのときは、部活や行事が忙しく、なかなか内申が上がりませんでした。中学2年生の夏に高校見学に行って、自分の志望校を決めました。しかし、偏差値が高く、勉強をたくさんしなければいけなかったのでつらかったですが、2年生の後期の五教科の内申がオール5になりました。

中学3年生の初めての模擬テストでは、2年生の夏期講習、冬期講習の成果が出たのか、第一志望校は無事安全圏でした。それからは、一月の模擬テストまで安全圏をキープすることができました。

またその頃、講師の先生方のおかげで内申点が上がっていたので、第一志望校の推薦がとれました。面接と小テストがあるので、面接練習は家で、小テストは塾で対策し続け、見事合格しました。

中学1年生のときに、塾長に言われていなければ、推薦が受けられなかったかもしれません。ありがとうございます。また、僕に勉強を教えてきてくれた先生全員に感謝しています。ありがとうございました。

(平成27年 本所中学 卒)

都立 新宿高校 合格

私がnito個別学院に入った理由は、周りの子が塾に行き始め、「私も勉強したほうがいいのかな。」と思ったからです。また、親に薦められたからです。

中一、二の時は、部活動(吹奏楽部)も忙しく、「これぐらいでいいや。」というところまでしか、正直、勉強をしていませんでした。ただ、数学が好きだったので授業の時にたくさん問題を解いたり、講師の先生方が予備知識を教えてくれたり…と、とてもためになったと思います。中一、二の時にもっと勉強もして宿題も完璧にやっていたら、もう少し上の学校に行けたと中三になってから分かりました。

中三になっても、特にやりたいこともなく、学校の成績は悪くはありませんでしたが、志望校はなかなか決まりませんでした。塾長や教室長、講師の先生から色々な話を聞いたり、話をしたりして、十月にやっと志望校が決まりました。三者面談の時、塾長に「毎週何曜日か決めて、自習室で勉強。」と言われました。実際に勉強してみて、自習室での勉強がとてもはかどっていることに気付きました。自分の趣味が近くにないと自然に集中できると思いました。それからは、毎日、自習室に来て勉強しました。分からなかった問題を講師の先生に聞くと、必ず教えてくれたので嬉しかったです。また、その説明も分かりやすかったです。ありがとうございました。そのおかげで、後期の中間テストでは、良い点をとれ、9科オール5もとることができました。

結果的に、私は一般受験をせず推薦合格をしました。これは、面接の練習をしてくれたり、私を支え、励まして下さった先生方のおかげだと思っています。本当にありがとうございます。

これからは、気を緩めずに、より勉強をして安定した学校生活を送りたいと思います。

(平成27年 錦糸中学 卒)

都立 小山台高校 合格

私がnito個別学院に入ったきっかけは、なかなか進路も決まらず、三年生の夏休みまで勉強という勉強もしておらず、まずは何をすればいいかが分からなかったときに、友達が薦めてくれたからです。夏休みの後半からは、ほとんど夏期講習で一日を過ごしましたが、一緒に塾で勉強している友達が、とても支えになってくれていたと思います。

私は学校のテストでは、いつも20位くらいで、運動部に所属していたので、高校へ行っても、勉強と部活を頑張りたいと思い、文武両道な校風である小山台高校を志望校に決めました。しかし、初めは模試でも努力圏だったので、気持ち的につらい時もありましたが、塾の先生の後押しや講師の先生方のわかりやすい授業、そして、自分でも、この学校だ、と思った高校でもあったので、努力を続けることが出来たと思います。

数学では、ケアレスミスを減らし、英語は長文をくり返し解くことが点数アップにつながったと思っています。また、学校の成績を上げて、当日の負担を少しでも減らそうと、期末テスト二週間前から、いつものテストの一週間前並みに勉強したことで、順位もなかなか破れなかった20位の壁を越え、7位になり、成績でも、前期より素内申を5も上げることができ、自分でも驚きました。

期末テストが終わってからは、本番の点数を上げるために、塾で過去の模試をもらって、解いて、を繰り返しました。また、基礎が不安定だった理科、社会は、教科書を全部読む時間はないと思い、単元ごとについている学習のまとめを自分でまとめ直したことで、理解が深まったと思います。

受験当日は、五時間目の理科で集中が切れてしまいミスが目立ってしまいました。それでも、無事に合格できたのは、家族、友達、また、塾の先生方のおかげだと思っています。ありがとうございました。

(平成27年 本所中学 卒)

都立 小松川高校 合格

私がnito個別学院に入ったのは中学2年生の秋でした。前に通っていた塾は自分に合わないと思い、家にも近いnito個別学院を選びました。

入った当初、受験という言葉はまだ意識していなかったため、定期考査前になった時だけ本気でやる、いう状態が続いていました。しかし、その時の私は、定期考査で悪い点をとると、いつも時間のせいにしたり部活のせいにしていました。

中学三年生になり、ようやく受験を意識するようになりました。しかし、初めて偏差値のでる模擬試験で自分の予想よりはるかに低い偏差値が出てしまい、受験は甘いものではないと思い知りました。それから計画的に勉強を進めるようになり、夏休みを迎えました。

私は吹奏楽部で忙しく、なかなか勉強に費やす時間がありませんでしたが、部活の休み時間にnitoのテキストや問題集で勉強するようにしました。 それでも、9月、10月、11月の模擬試験では第一志望校の合格可能性は20%以下。どんなに努力しても上がらない自分が嫌で、本当に辛い時期でした。

そんな時でもnitoの先生方は丁寧に、そして私が理解するまで教えて下さり、また、塾長や教室長に励まされ、少しずつ成長していきました。 そして冬休みになる頃には部活を引退して、ようやく自分と真剣に向き合うことができ、必死に勉強をしました。また、私はこの時期になっても数学の成績が上がらなかったため、冬休みは冬期講習で数学に力を入れました。 一月に入り、最後の模擬試験でようやく合格圏と安全圏の間に入るようになり、私自身、手応えを感じました。

受験前の最後の塾の日、よく教えて下さった講師の先生が、受験の心構えなどをリストアップして私にくれました。また、塾長が合格祈願のキットカットを下さり、いろんな人に支えられて今があることを改めて強く実感しました。

結果発表の日。朝ごはんも食べる気がないくらい緊張しました。しかし自分の受験番号を見つけた時、今までの苦労が全て吹き飛ぶぐらい嬉しかったです。今まで努力してきて本当に良かった、と思うと同時に、家族、友人、nitoの先生方、学校の先生への感謝の気持ちが一気にこみ上げてきました。

私は受験を通して、自分の可能性を信じて勉強することが大事だと思いました。みんな、最初は私のように可能性は20%以下かも知れません。しかし、努力をすれば、必ず合格できると信じて下さい。辛くなったら、自分の合格している姿を思い浮かべてみて下さい。合格への一番の近道は努力です。みなさんも、自分を信じて頑張ってください。  

最後に、いつも熱心に教えて下さったnitoの先生方には感謝しかありません。先生方の応援があったからこその合格です。今まで本当にお世話になりました。ありがとうございました。


(平成28年 両国中学 卒)

私立 国際基督教大学高校・東邦大東邦高校・青山学院高校 合格

ぼくは国語の苦手意識が強く、このままでいったら入試の時に国語が足を引っ張る結果になってしまうのではないかと心配でした。そんなときに母の知合いの人がnito個別学院で学び、きめ細やかな指導のもとで志望校に合格したことを聞き、ぼくも中学一年生の冬に入ることにしました。

初回の授業からアットホームな雰囲気で、ぼくの緊張がゆるみ、本当にありがたかったです。教室長には必ず声をかけていただけて、毎回、やる気にさせてもらいました。欠席をするときも振替授業をしていただき、塾に行く全ての時間を大切に使うことができました。

国語については、問題を解くコツや傾向をたくさん教えていただき、苦手な気持ちもいつの間にかなくなり、問題に挑む楽しさが増えました。出来た時には、すごく褒めて下さり、自信につながりました。面談の時には、学校の成績に対して、このままではいけない、もっと数字をとって当たり前と、志望校に添ったアドバイスをたくさんして下さり、このままではいけないという危機感を感じ、再度、自分の目標を決めることができました。  

学校の定期考査を全力で取り組みながら、三年生になってからはとにかく国語の漢字、読解、古文などのたくさんのことを教えていただきました。そして、一人ひとりにあった教材で学べること、憧れの大学の現役の先生に大学の話などを聞けること、今より何年も先を見すえた上での志望校選びなど、nitoではたくさんのことができました。

私立高校を何校か受け、ぼくはすべて合格し結果を出すことができました。教室長が大喜びして下さったことをぼくは一生忘れません。

高校は未来の通過点にすぎませんが、コツコツと勉強をすることの大切さをnitoで学んだので、それを継続し、また新たな目標を見つけ、未来に進んでいきたいです。本当にありがとうございました。


(平成28年 第二亀戸中学 卒)

私立 中央大学附属高校 合格

3年生の夏、このままでいいのかと不安になり、nito個別学院に入ることにしました。初めての塾だったので不安でしたが、優しい先生方のおかげでうちとけることができました。

志望校も決まり、初めての模擬テストに取り組みました。しかし結果は努力圏。合格可能性は20%以下でした。でも私は、「これから学力を上げていけばいいや。」と思っていました。先生にも「まだ一回しかやっていないから正確な偏差値はわからないよ。」と言われて、私も、「今回はたまたま苦手な範囲が出たんだ。」と思っていました。しかし、次も、その次のテストでも、偏差値はあまり変化せず、12月になり、塾の面談がありました。自分自身、進路を変えようか、本気で考えていた時に塾長に、「今ならまだ進路を変えるのは間に合うけど、変えないなら死ぬ気で勉強。」と言われました。私はどうしてもその高校に行きたかったので、死ぬ気で勉強を始めました。まずは、過去問を一通り解き、出題傾向を把握しました。そして、問題集を解くのではなく、入試に出なさそうなところはやらずに効率よく勉強できるように心がけました。入試前の模試では初めて合格圏に入り、自信もついてきました。そして試験一週間前からはひたすら過去問を時間を計りながらやり、問題の答えを覚えるくらいまで解きました。

入試本番。とにかくリラックスしてのぞもうとしました。しかし1時間目のテストが、これまでの出題傾向とは異なり、パニック。全然解けなくて「もうダメかな。」と思いかけていました。だけど、「もしかしたら他の教科で挽回できるかも。どうせならやるだけやってみよう。」と思い始めました。そして、残りの教科をやりとげ、試験終了。結果は合格でした。

今、振り返ってみると、面談の時、あきらめないでよかったと思っています。自分の夢を叶えるためには、それに対する気持ちと根性が必要だと思いました。

(平成25年 両国中学 卒)

私立 明治学院高校 合格

私はnito個別学院に中学二年の三月頃入塾しました。

初めての個別指導塾で不安もありましたが、兄のような感覚で親身になってくれる先生方や、塾長の熱のこもった指導があったので、私は向上心を高めることができました。
そのことから定期考査では安定して一桁の順位をとったり、苦手意識を持っていた社会の偏差値を15上げることもできました。

それだけでなく、英単語マラソンなどの行事は私の負けず嫌いを活かし、自信をつけモチベーションを上げるきっかけになりました。
入塾当初、私は自分に自信がなく、行きたい高校を偽っていました。そんな時、塾長が面談でこうおっしゃいました。

「自分が本当に行きたいところのためなら、本気で頑張れるから絶対に受かるよ。」

この言葉を聞いて、私は心を強く持つことができるようになりました。とはいえ、本当の決断をしたのは受験の直前で、対策としては一週間前から過去問を解き始めただけでした。
しかし、それまでのやってきたことの積み重ねがあったので本番はあまり緊張せず、全力を出すことができました。
このことから、勉強することで人生の選択肢が増えるという言葉に納得しました。
理社を主に頑張ってきたことも、試験では使いませんでしたが、高校以降で精神的にも学力的にも私を支えてくれるはずです。また、私が勉強をする上で大切にしていたことは、やはり一番最初の面談で塾長がおっしゃっていた「素直さ」です。nitoの講師の方々はみなさん優秀で的確なので、素直に言われたことをこなすうちに学力がどんどん上がっていきました。

ここまで成長することができたのも、先生方のサポートがあったからです。本当にありがとうございました。

(平成31年 両国中学 卒)

私立 成城学園高校 合格

私がこの塾に入ったのは中学一年生の秋、友達にすすめられたのがきっかけでした。
それまでは、毎回、得意な英語の点数で平均点ほどの理科、社会を補うようにし、定期テストでは30位~50位くらいの順位でした。

nitoはこれまでの塾と違い、先生が定期テスト期間の間の予定を立てて下さったり、勉強以外の悩み事を聞いて下さるなど、こんなに親切な塾は他にないと思いました。
そのおかけで塾に通うことが嫌いだった私が、毎日塾に通えるようになりました。nitoに入ってからは、苦手な理社を定期テスト対策の授業で教えていただき、理科では八十点以上、社会では九十点以上をとれるまでになりました。

三年生の夏休みには、「受験なんてまだ先の事だ。」と思っていましたが、夏休み前の面談で塾長から「死ぬ気でやらないと志望校には受からない。」と言われ、苦手な数学を毎日必死に勉強しました。すると、数学の基本は十分に理解することができるようになりました。
しかし、応用問題はなかなか手を付けられず苦戦しました。そのため、志望校のレベルを下げようか迷っていましたが、すでに都立には行かないと決めていたこともあって、塾長から「挑戦したほうがいい。諦めたらきっと後悔するよ。」と言われ、受験前最後の面談で、第一志望校に挑戦することを決めました。
そして、受験の一か月半ほど前から過去問を解き始めました。国語と英語は頑張れば解ける程度のレベルに感じたのですが、やはり苦手な数学が足を引っ張り、大問一の(1)から手を付けられないというような感じでした。何度も心が折れそうになりましたが。毎日塾に通い、先生方が粘り強く数学を教えて下さり、相談にも乗って下さったおかげで精神的にもとても支えられました。

受験本番は、リラックスした気持ちで臨め、あんなに苦手だった数学も簡単に解ける、と思えるまでに成長しました。合格できた時には、志望校を変えずに頑張ろうと最後まで励まして下さったnitoの先生方に感謝でいっぱいの気持ちになりました。これまでの私は、すぐに諦めてしまう経験しかありませんでした。しかし、この塾に入り、初めて何かを成しとげることができ、自分に自信がつきました。この経験は一生私の宝物です。本当にありがとうございました


(平成31年 本所中学 卒)

都立 小山台高校 合格

数学は80点。大問3・.4・5の問題が解けない。英語は70点。いつも時間がギリギリ。悪い時は時間が足りない。それが過去の自分。

そんな自分がnito個別学院に入ったのは、入試半年前の8月。塾に入ったって別にできるようにならない、そう思っていた。だが、それはすぐにくつがえされた。

まず実感したのは、数学の応用問題が解けるようになったこと。はじめは定期テストの応用問題が解けず、いつも90点台止まりだったが、後期中間テストでは100点満点がとれた。模試や過去問でも、応用問題が解けるようになり、模試でも100点をとった。

次に英語。英語はもう完璧になっていた。模試、過去問では3回に2回は100点をとれるようになった。

同じように他の教科でも結果が出た。理科は参考書で基礎を作り、模試の過去問をもらう。そして、とにかく問題をこなすというやり方で100%の割合で90点台をとれるようになった。

社会は最も苦手だった。70点台が平均だったのだ。これに関しては、nitoでもらった参考書で基礎を固め、各地域の気候・特色をオレンジペンでまとめる。nitoに通っている日比谷高校の先輩に教えていただいた「年表を書く」という方法で、最後の模試では97点をとれるようにまでなった。

国語も苦手で、60点代をとることもあった。だが、自分にあった参考書を使い、都立の過去問中心で勉強していたら、安定で80点台をとれるようになった。ちなみに国語に関しては模試の問題や点数はあまり気にせず、都立の問題中心にやることが大切だと思う。

これを読んだ後輩諸君。自分は以上のやり方で確実にレベルアップした。勉強方法が分からないならば参考にしてほしい。そして第一志望校の合格を。

GOOD LUCK !!

(平成26年 本所中学 卒)

都立 小山台高校 合格

私がnito個別学院に入った理由は、数学の点数が上がらなかったからです。他の教科はテスト前に詰め込む形でなんとか上位をキープしていましたが、数学はどれだけ勉強をしても点数が上がりませんでした。また、部活(吹奏楽部)も忙しかったため、自分で教科、曜日、時間を決めることのできる個別指導のこの塾に入ることにしました。

授業では、自分の分からないところを重点的に教わることができるので、だんだんと数学ができるようになってきました。また、それ以外の教科も定期テスト対策があるので全体的に点数が上がり、常に上位でいることが出来ました。

私は英語が好きなので、英語をしっかり学ぶことができる高校を志望校に決めました。そのため塾では、英語を重点的にやり始めました。3年生の夏休みはまだ部活がありましたが、夏期講習で力をつけることが出来ました。10月には「山手線一周を歩く」というイベントがあり、一日中歩くことで精神的にも鍛えられ、リフレッシュにもなりました。冬期講習では、それまで苦手だった理科を中心に、得意の英語では高得点をとれるように必死で勉強しました。そのおかげで1月の最後の模擬試験では全教科80点以上、英語は100点をとることが出来ました。

受験当日は、かなり緊張していたのと、今まで出なかったような問題が出たことであせってしまい、全てを発揮することが出来ませんでした。それでもなんとか第一志望校に合格することが出来たのは、これまで私を支え、励まして下さった先生方のおかげだと思っています。本当にありがとうございました。

(平成25年 本所中学 卒)

都立 小松川高校 合格

小学校までは普通にテストで100点をとることができた数学と、中学校で初めてくわしく習う英語の授業についていくことができなくなり、nito個別学院に入ることにしました。私が小学校の時に通っていた塾とは違い、個別指導で自分のペースに合った学習法を身につけることができました。

三年生の夏休み、周りの人が徐々に受験を意識してし始めている中、私は吹奏楽部に入っていたのでコンクールの練習に追われ、なかなか気持ちの切り替えが出来ずにいました。しかし、nitoでの分かりやすい授業のおかげで部活も勉強も両立することができました。

10月の塾のイベントで「山手線一周を歩く」というものがあり、友達と参加しました。最初はあまりやる気がありませんでしたが、友達と励ましあいながら、朝から晩まで歩くのはとても楽しかったです。また、このイベントを通して受験に必要な「あきらめない力」や「継続する力」を学びました。このイベントをはじめ、受験のための説明会、英単語マラソンなど、たくさんの行事のおかげで、私はついに、最後から二回の模擬試験ともに第一志望の小松川高校が安全圏になりました。

試験当日、今までやってきたことが自信となって、私を支えてくれました。そして、私は小松川高校に合格したことで、自分の未来を自分の力で切り開いたという自信がつきました。すべては先生方のおかげです。ありがとうございました。

(平成26年 錦糸中学 卒)

都立 小松川高校 合格

私がnito個別学院を知ったのは、たしか学校帰りにもらったチラシがきっかけだったと思います。塾に入る前の私はというと、テストもあまり良くなかった上に、分からないところを分からないままにしていました。数学の習熟度別クラスも、いつも基礎クラスで受けていました。また、高校への意識もほとんどありませんでした。

nitoに入ってからというものの、分からなかったところは分かるまで教えていただいたり、模試を多く受けるようになりました。おかげで2年生からは少しずつ授業が分かったり、テストの点が上がるようになったのです。しかも、1年のときには、かなり下にあった学校の順位も、2年生からは上位になっていきました。そして高校への意識も高くなっていきました。たぶん塾に入ったことで上を上を目指すようになったのではないでしょうか。

3年生になり、あっというまに受験シーズンになりました。私は都立(小松川高校)を第一志望、私立(国学院高校)を第二志望として受験へ臨みました。nitoでの授業でも、入試によく出るものから、「こんなの出るの!?」といった難問まで様々なものにとりくみました。そのため、3年生での最後の模擬テストでは理科で満点をとりました。

nitoの先生は皆、応援して下さいました。試験が終わり結果発表になりました。何と、めでたくどちらも合格していたのです。結局、私は第一志望であった、都立小松川高校で進路が決定しました。(講師の先生全員には報告できていません・・・。この場をかりて、ありがとうございました。)

私は4月から高校へと進学しますが、高校に進学しても、nitoで培ったように「上へ、上へ!!」を大切にしたいです。また、身につけた「一日○時間!」のような習慣を守っていきたいです。

(平成25年 両国中学 卒)

都立 国際高校 合格

ぼくは中学2年生の3月にnito個別学院に入りました。そして、一人ひとりに合わせてくれるサポートが、ぼくの都立第一志望校合格に導いてくれました。

一番実力がついたのは数学です。ぼくは空間図形や平面図形、関数が苦手でした。夏期講習ではくり返し何度も解いて、少しずつですが理解できるようになりました。

これは一流大学の講師の先生の解説が分かりやすく、解答するのに一番簡単な方法を教えてくれたからです。これは、nitoの講師の先生たちが優秀だからこそだと思います。そのおかげで、ぼくは実力がついたと同時に自信を持つこともできました。

また、分からない問題があると、講師の先生たちに気軽に質問することができました。受験前になり心配や不安が募っている時は、講師の先生たちの受験前はどのように過ごしていたのか、どう勉強すればよいのかなど、小さなことでもぼくの話を聞いてくれたので、心が落ちつくこともありました。

結果的に、ぼく自身は推薦合格だったので実際に受験を経験することはなく終わりましたが、nitoに通って学校の成績が上がったのは確かです。ぼくは受験に関して、右も左も分かりませんでしたが、塾長、教室長をはじめとした先生方のサポートのおかげで第一志望校に合格できたと思っています。nitoの先生方には本当にお世話になりました。ありがとうございました。


(平成29年 両国中学 卒)

都立 三田高校 合格

中学二年生の冬、「友達に塾に入った方がいいよ。」と言われたのがきっかけで、僕はnito個別学院に入りました。その頃は目指している高校なんてまったくなかったし、勉強も学校でやっているから十分だと思っていました。しかし、塾で出題される問題は、その頃の自分では考えられないほど難しいもので、ぼくは、自分の未熟さを思い知りました。

そして、三年に学年が上がるときには各教科の苦手が極限まで減って、安心して進級できました。しかし、三年で習う内容は思った以上に難しいもので、特に数学の乗法公式には悩みましたが、講師の方々がじっくり一から教えて下さったおかげで、ちゃんと理解することが出来ました。

塾の効果は早くも前期中間テストで出ました。二年生での順位より10位近く上がったのです。これは、塾での定期テスト対策で難しい問題を解いているからだと思います。

そして、明確な志望校も決まらないまま、初めての模試を受けました。結果は、初めてにしてはまあまあかなという偏差値でした。しかし、その後、志望校を決めると、その偏差値では厳しいことが分かりました。だから、今までよりたくさん勉強して受かるように頑張りました。そうしていくうちに、偏差値だけではなく、定期テストの順位も、成績の評価も安定していき、通知表も上がりました。

結果として、一般推薦で三田高校に挑むことができました。そして合格しました。今までやってきたことが報われてとても嬉しかったです。

塾での勉強は難しかったし、通うのも疲れました。でも、あきらめずに勉強し続けたおかげで、自分の行きたい高校に合格することが出来ました。先生方に感謝したいです。ありがとうございました。

(平成26年 両国中学 卒)

都立 三田高校 合格

私は、3年生の春、周りの友人が次々と塾に通い始めるようになり、あせりを感じて、nito個別学院に入りました。
nitoに通う同じ中学の友人の勧めで入ったので、リラックスでき、先生がとてもフレンドリーだったのですぐになじむことができました。

今までの定期テストの点数はいつも自分では満足できるような点数だったので、「まあ少し受験に向けての応用を勉強をすれば大丈夫だろう。」と思っていました。しかし第一回目の模試を受けると、あまり良い点数ではありませんでした。それでも、その時は「まだ一回目だから平気。」と気のゆるみがありました。それからというもの、模試の偏差値はあまり変わらず、むしろ少し下がっていきました。

12月の個人面談で塾長に「このままではまずい。今からでも頑張らなければ合格は難しい。」と言われました。たるんでいた気持ちに、ついに、ここで気合が入りました。
そこから自分なりに努力し、毎日勉強しました。しかし、その次の模試の結果は前回より悪くなっていました。「あれから必死に勉強したのに。」と気持ちがブルーなまま冬期講習を迎えました。
すると、授業が終わっても自習している友人の姿を見かけました。その時、「自分は努力が足りない。友人がこんなに頑張っているのに、ここで自分がたるんでどうする。」とブルーな気持から抜け出し、再び闘志を燃やし始めました。苦手な数学では何度も難しい問題にぶつかり、あせり、不安になることもありましたが、その度に周りの先生方が分かるまで何度も教えてくださり、時にはたわいもない雑談でリラックスさせてくださったりもしました。

受験当日、塾でもらったお守りを手に会場へ向かいました。数学では難問にぶつかり、あせりもしましたが、教えてくださった先生の事、先生の授業を思い出し、落ち着いて解いていきました。結果は合格。安堵で涙が出ました。

今思うと、私のしていた「努力」は、やはり少し甘えが出てしまっていたのだと反省しました。自分の中で「これが私の限界だろう。」というストップをかけてしまい、そこで立ち止まっていました。しかし周りを見て、いかに自分が甘えていたのかがよく分かりました。そう思うと周りの友人の存在や励ましというものは受験において大切なものだと実感しました。
この塾で友人と、先生方と受験勉強を頑張ってきて良かったと、今、心の底から感じます。


(平成31年 両国中学 卒)

私立 國學院高校 合格

私がnito個別学院に入ったのは、小学校五年生の時でした。理由は、中学校に入ってから授業についていけなくならないようにするためでした。

中学校に入って初めての定期テストでは3位になりました。しかし、そこからテストの結果は右肩下がりでした。

二年生の夏の面談で塾長から今の学力で行ける高校を教えてもらいました。そして、「このまま学力が上がらず、このレベルの高校しか行けなかったら大学進学は難しいよ。」と言われました。私はそれがとてもショックで、悔しかったです。しかし、今振り返ると、このタイミングで自分のレベルを痛感できて良かったと思います。

それから気持ちを切り替え、まずは苦手な理科を克服することから始めました。また、今までの勉強方法を見直したり、テスト前は平日・六時間、休日・十時間以上勉強したりしました。すると、三年生の最初の定期テストの理科で前回のテストから十九点上げ、91点を取りました。また、他の強化の点数も上がり、順位が19位上がって8位になりました。

そして、内申で理科が3から5に上がり、第一志望の国学院高校の単願推薦の基準に余裕をもって超えることができました。そして、無事合格しました。

私は成績が上がらなくなったときによく「努力しているのにどうして報われないのだろう。」と言っていました。しかし、それは努力が足りなかっただけでした。本当に努力すると必ず結果がついてくるということを、身をもって感じました。

最後になりましたが、今まで支えて応援し続けてくれた塾長や教室長、そして講師の先生方、本当にありがとうございました。



(平成31年 本所中学 卒)

私立 日本大学鶴ヶ丘高校 合格

僕がnito個別学院に入ったのは中学一年生の夏でした。当時は定期テストの順位が三桁は当たり前、50番以内に入るのが夢のようでした。また、僕はサッカーをやっていたので、個別で対応してくれるこの塾を選びました。入ったばかりの時は不安でしたが、とても接しやすい教室長や先生方のおかげで、すぐになじむことができました。

そして、nito個別学院に入ってはじめての定期テスト2週間前になりました。すると、教室長からテスト対策と書かれた一枚の紙をもらいました。そこにはテスト前に行われる各教科のテスト対策の日程が書いてありました。その瞬間、僕は、「この塾はこんなに親切なんだ。」と思いました。それから、このテスト対策や普段の授業のおかげで、最終的に27位まで順位を上げることができました。一年の時に比べて、およそ百人抜いたということになります。これは、この塾でなかったらできなかったことだと思います。また、他にも英検や漢検を受けることができたり、その検定に受かるための対策をしてくれました。そのおかげで、僕は無事、高校側が求める内申をとることができ、推薦入試で合格することができました。

僕が受験をして感じたことは、入試に関係のある内申は、三年からでいいやと言って、一、二年でサボってはいけないということです。逆に、一、二年の頃から本番のつもりで臨めば、三年の時に必ず結果はでます。そのことを教えてくれた塾長、教室長、先生方、本当にありがとうございました。


(平成29年 両国中学 卒)

都立 墨田川高校 合格

私は、三年生の9月にnito個別学院に入りました。受験生としてはとても遅い入塾でしたが、吹奏楽部の部長としてコンクールに向けての練習が忙しく、勉強もできていなかったため駆けこむような形で塾に入ることを決めました。

それまでは通信教育を使って勉強をしていました。しかし私は数学が本当に苦手で、だんだん文章の解説では理解が追いつかなくなっていました。塾に入ってからは、ちょっとした疑問もその場で質問できるので頭に入りやすくなったし、なにより以前に比べて、難しい問題にも手を伸ばせるようになりました。

また、自習室で勉強に励む友達の姿からも刺激を受けました。「皆こんなに勉強しているんだ」「自分も頑張らなきゃ」と思えるようになり、私自身の勉強時間も大幅に増えました。

一人で勉強していた今までとは違い、講師の先生から教わることで疑問をそのままにすることがなくなったし、同じ空間で勉強する友達からの良い影響のおかげもあり、後期中間テストでは数学の点数も10点以上上がって内申点も大幅に上げることができました。話すことの苦手な私が、半ばあきらめていた都立推薦入試で合格できたのは、きっとその内申点のおかげだろうと思っています。

これから受験を控えている皆さんには、先生方の言葉を信じてコツコツと勉強し、日々の積み重ねを大事にしてほしいと思います。また、私自身もこれからの高校生活を送る上で意識しなければと思っています。「勉強」とひとくちに言っても様々なものがありますが、偏差値を上げる努力も必要だし、それ以前に学校生活の中での取り組みも必要になってくると思います。提出物をこなすだけで、テスト前に自由を我慢するだけで、内申点が確保できれば有利になります。15分で終わるプリント一枚と、何時間かけてもわからない空間図形一問を天秤にかけると思えば、私にとっては前者の方がよほど簡単なことのように思えます。

私自身も、これからコツコツと勉強を続ける姿勢を大切にしていきたいし、これから受験する皆さんも諦めずに頑張ってほしいなと思います。


(平成31年 本所中学 卒)

都立 墨田川高校 合格

僕は二年生の夏に学校の定期テストで点数が取れていなかったことと、二年生になったらしっかり勉強をやろうと思っていたことが理由で、nito個別学院に入りました。

nitoに入ってからは、定期テストの前には各科目の対策をしてもらい、しっかりと準備をしてテストにのぞむことができました。その結果、nitoに入って最初のテストで、これまで50番以内にも入っていなかった順位がいきなり17位になり、成績を上げることができました。その後も定期テストはこの調子で順調にいき、三年生になってからも順位をキープすることができました。

そして、三年生の夏に志望校が決まり、それからは受験に向けて勉強を始めました。しかし、夏は僕が連合陸上大会という大会にでることになっていたので勉強に身が入らず、ほとんど進歩のないまま、夏休みが終わってしまいました。だから僕が本格的に受験勉強を始めたのは九月です。それまでは、自習にも行っていなかったので、模試でも志望校の合格率が60%くらいでした。そこで、nitoの先生に勉強のやり方や問題を解くときのコツなどを教えてもらい勉強しました。その結果、合格率も90%ほどまで上がりました。しかし僕が受ける高校は自校作成校だったので、その次の模試は自校作成用の模試を受けました。

すると、テストの点数がひどくとても落ち込みました。このままではいけない、と思い、残りの二か月間は自習室に行き、集中して勉強し、しっかり自校作成校の対策をしていきました。そして、受験前日には、教室長から家に帰ってからどのようなことをすれば良いのかを聞き、次の日、受験にのぞみました。その結果、自校作成問題はやはりとても難しかったけれど、あきらめずに五教科をやり遂げたおかげで、合格することができました。

僕が志望校に合格できたのは、nitoの先生が、勉強でもちょっとした悩みでも一対一でいろいろなアドバイスをしてくれたおかげだと思っています。そして、今とても感謝しています。


(平成29年 本所中学 卒)

都立 墨田川高校 合格

私がnito個別学院に入ったのは中学二年生の4月でした。私の第一志望の高校の入試問題は、自校作成問題でした。二年生の頃からその高校へ行きたいという強い気持ちがありました。それまでは他の塾に行っていましたが、もともと兄が通っていたこともあり、nitoに入ることにしました。

しかし、人生はそんなに甘くなく、模試ではなかなか良い判定はでませんでした。そしてあっという間に最高学年になり、受験生と呼ばれるようになりました。

夏やすみになり、夏期講習では毎日自習室でも勉強するようになり、やっと受験生という自覚がわいてきましたが、本当に遅かったと思います。きっと、まだどこかで、「まだ大丈夫だ」という安心感があったのだと思います。しかし、学校での順位はnitoにはいったときは46番でしたが、三年生の前期期末テストでは14位まで上がることができました。

夏休みが終わって受験が近付くと、学校や塾でも受験ムードが強くなってきて、模試の回数も増えました。それでも模試の成績は一向にあがらず、諦めかけていました。不安でいっぱいで何度も悔し涙を流しました。でも、こころのどこかで絶対に諦めたくないという気持ちがあったので、毎日毎日必死で勉強しました。

最後の面談で塾長に、「必死で頑張れば絶対に受かる。」と言われて、その言葉を信じ、もっと努力をしました。夜中の三時半まで勉強した日もありました。わからないところはわかるまで勉強しました。そして、最後の模試の結果では安全圏のA判定をとることができました。最後の最後でやっととれ、安心と嬉しさで涙が止まりませんでした。でも、A判定をとった自信が、受験当日までのモチベーションにも繋がりました。

しかし、しかし、残りわずかとなったところで、自校作成問題につまりました。時間が足りなかったり、焦る一方でした。でも、nitoの先生方は一緒に考えてくれたり、わかりやすく説明してくれて、心の支えになりました。

そして、私は無事、第一志望の高校に合格できました。本当に辛くて、涙を何回も流したら、周りの人を傷つけたりしたこともありましたが、受験ではたくさんのことを学ぶことができました。また、周りの人やとくに母や友人、nitoの先生方のおかげで、最後まで諦めず頑張ることができました。私は受験を通して大きく成長できたと思います。ありがとうございました。


(平成29年 本所中学 卒)

都立 墨田川高校 合格

韓国から日本に来て二年ちょっと。中学二年生まではこのままでいけばいいと思っていました。しかし、三年生になって、学校で模擬テストをはじめて受けたとき、自分が思っていた点数よりずっと低い点数で、とくに国語と社会はとても低く、このままではいけないと思ってnito個別学院に入りました。

塾についてはあまり知らないまま、友達が通っているということで決めました。しかし、入ってみると、この塾は他の塾とは違うということが分かりました。勉強だけを頑張るのではなく、入試の勉強会や、山手線を歩いて一周することもありました。すると、勉強をしていて疲れがたまりあきらめたくなることがあっても、山手線一周をできたのに勉強ができないことはない、と思って頑張ることができました。

勉強のしかたも自分に合った授業を受けることができ、少しでも難しい漢字が読めなく書けない自分のために、やさしい漢字から覚えていくよう指導していただきました。そのおかげで、国語の模試の点数が最初のときよりとても上がりました。数学の場合は、できるだけ多くの問題と過去の模擬テストを解き、苦手なところからくり返しやり直すと、数学の点数も上がりました。また、最後まで志望校を迷っていましたが、やれるだけやってみようと思って、模擬テストでは努力圏だった墨田川高校を選びました。

やはり、一番大事なことはやる気だと思います。やる気が出てからの最後の二か月の勉強が一番頭に入りました。今になってみると、もう少し早くやる気を出せばよかったなと思いました。そのやる気を出してくれたのは塾でした。毎月ある模擬テストの結果を見てアドバイスをしてもらうので、頑張らなければと思いました。その結果、墨田川高校に合格し、今は部活にも入り、楽しい高校生活を送っています。

このように、僕の受験の合格はもちろん自分の頑張りもありますが、最後まで応援してくれた塾のおかげが一番大きいのではないかと思っています。僕のために頑張ってくださった先生方、ありがとうございました。

(平成26年 墨田中学 卒)

都立 城東高校 合格

僕は中学2年生の夏頃に定期テストで点数が取れず、成績が伸び悩んでいたのでnito個別学院に入りました。

僕は小学校に頃から野球をやっていて、中学では硬式野球のクラブチームに所属していたため、週末は全く勉強できませんでした。また、僕は家で全く勉強しなかったので周りとの差がどんどん開いていってしまいました。しかし、nitoの先生方の熱心な教えにより、習っていた数学と英語は周りに遅れをとらずに済みました。特に英語は先生に質問すると、すぐに答えてくださったので分からないことが減り、得意科目になりました。

そして、定期テストを重ねるにつれ、点数が上がっていきました。5教科で1年生の頃より100点以上上回ったときもありました。また、1年生の頃、学校の廊下に張り出される50位以内の表に自分の名前が載ることを夢に見ていましたが、塾に入ってからは当たり前になりました。しかし、塾長や教室長が「まだまだ」と言ってくださったので、さらに上を目指すことができました。

僕は推薦入試で合格しましたが、内申点が大きく関わっていました。内申点が入塾した頃より上がったのはnitoの先生方のおかげだと思っています。また、定期テストで点数を競い、勉強のやる気を促してくれた友達も合格に大きく関わっていると思います。今回の受験では、多くの人々に支えられました。とても感謝しています。ありがとうございました。

そして、これを読んでいる受験生に、受験を終えて感じたことを伝えます。人生、何十年もある中でたった1年、受験勉強に集中して取り組むだけでその後の人生が大きく変わると思います。勉強漬けになり、辛くなって投げ出しそうになるかもしれません。その時は自分の好きなことをしてリフレッシュしてください。休憩は受験勉強する中でとても大切です。適度に休憩してください。人生、山あり谷ありです。しかし、自分が山にいるのか谷にいるのか分かりません。自分は常に谷にいると思うことが大切です。いいことがあっても、その先にはもっといいことがあると信じて頑張り続けてください。合格は1番大きい山の頂点にあります。頂点を目指して必死に山を登ってください。そして、自分に勝ち、受験に勝ってください。(平成29年 本所中学 卒)


(平成30年 本所中学 卒)

都立 城東高校 合格

私はnito個別学院に入る前までは、学校のテストがあったとしても全く勉強をしない人でした。その理由としては、勉強をしなくても15位程度になれ、向上心がなかったことがあげられます。だから、普段かららくに過ごそうとしてしまい、その結果、向上心を持つことがなかったのです。そして、そのような生活をしていたから、いざ受験の三年生になってもあまり実感がわかずに、というよりは、勉強しなければいけないことは分かっているのに勉強しませんでした。だから、親に塾に入れられました。

私は塾が少し嫌いなので、あまり入りたくありませんでしたが、nito個別学院に入ると良いことが起きました。一番の良いことというのは、勉強をしなければいけない環境ができたことです。そのおかげで少しずつですが、自分から勉強できるようになりました。そして、勉強以外にnito個別学院では山手線を歩いて一周するということをしましたが、私は受験勉強のほうが大変だと思いました。しかし、その行事は面白いもので、あきらめない力というものが身についたと思います。そのようなことがあって、私は塾に入ることで、少しは真面目な人間になったと思います。

さて、ここからは受験について書けと、とても抽象的なことを言われたので、それについて簡単に書こうと思います。受験について本格的に考え、心配してきたのは一月に入ったころだと思います。六月からnito個別学院に入ったので少々遅い気もしますが、行きたい高校を決めていなければ、そのくらいになるのだと思います。私はこの高校に行きたいという気持ちよりも、受験に落ちたくないという気持ちのほうが強かったので、受験にはあまり気持ちは関係がないと思います。とは言っても、やはり勉強は必要で、気持ちがなくてもとりあえず勉強をすることが受験において大事なことだと思っています。

私はnitoから出されたノルマをこなし、社会を自主的に勉強しただけで、ほとんど毎日を機械的に勉強していました。そんな私が高校に受かったのだから間違いないと思います。

最後に、ここまで私を人間的に成長させてくれて、勉強面もしっかり支えてくれたnito個別学院にはとても感謝しています。というわけで、以上で合格体験記を終えたいと思います。ありがとうございました。


(平成29年 墨田中学 卒)

都立 城東高校 合格

僕がnitoに入ったきっかけは、中学二年生の時、小学校の頃の友人がnitoで実績を出したという話を母から聞いたことです。もともとは違う集団の塾に通っていましたが、これを機にnito個別学院に入ることに決めました。

入塾前は、定期テストでなかなか良い点数が取れず悩んでいました。苦手な教科でどうしても点数を取れず、自分の思うような順位にもなれませんでした。そこでnitoではまず、苦手教科を中心に勉強したところ、苦手教科もテストで良い点数が取れるようになり、少しずつではありますが、内申も良くなってきました。特に、三年生の夏休みのあとの前期の期末テストでは学年5位という過去最高順位を出すことができました。

その一方で、高校受験は苦しみました。定期考査とは違い、三年間で学んだことを前提に作られた模試の応用問題は解けず、やはり思うような点数は取れませんでした。

じつは僕には中学に入ってからずっと入りたい高校がありました。しかし、悩んだ結果、その高校はあきらめました。というのも、それまで僕はほとんど家で勉強をしていなかったからです。前々から、塾長にも教室長にも面談で家でも勉強するように言われていましたが、なかなか実行することができませんでした。

11月くらいになり、本当にそろそろ勉強しないとまずい、と塾長に言われたため、それからは新しく決めた志望校に向けて猛勉強をしました。しかし、いくら問題を解いても納得できるような点数が取れず、高校に合格できるのか不安になってきました。

不安なまま年が明けて、最後の模試を受けました。それでも合格率はとても低く、死ぬ気で勉強しないと受からないと言われました。ここまで来ると正直、もうあきらめようかとも思いました。でも、自分が行きたいと思ったから、最後までやってみよう、と決意を固めました。

二月になり、併願していた私立高校には合格。いよいよ都立高校の受験日が迫ってきました。ここで落ちたらまずい、と、猛勉強し、入試当日を迎えました。もちろん、頭の中はいっぱいでしたが、解けるものを解いてみようと頑張りました。

そして、一週間後、合格発表を母と一緒に見に行ったとき、母が一言、「番号あったよ!」と言いました。まさか、と驚いて自分の目で見てみると、確かにそこには自分の番号がありました。

こうして高校に合格できたのも、先生方の懇切丁寧な指導と、受験のためのアドバイスがあったからです。nitoでたくさんのことを教えてもらったからこそ、自分の行きたい高校に合格できたのだと思います。本当にありがとうございました。


(平成29年 文花中学 卒)

都立 城東高校 合格

僕は中二の三月頃に受験のことを考え始め、そろそろ塾に行きたいなと思い、兄が通っていたnito個別学院に入りました。

僕がnitoに入る前は、まだ高い意識を持っておらず、偏差値50くらいの都立高校に入ろうとしか思っていなかったため、勉強に力を入れていませんでした。しかし塾での最初の面談の際に、「城東高校に行きなよ。」と言われ、さすがに無理だと思いつつも勉強に取り組み始めました。

nitoに入った当初は、ケアレスミスが多く、解き方すらもわからない問題が多くありました。しかし塾に行ける日は毎日自習しに行き、分からない問題を休み時間中に聞いていると、早速その結果は出て、中学三年生の前期中間テストで十位になることができました。その後も継続していくと、前期期末テストでは八位、後期中間テストでは五位にまで順位を上げることができました。そのため、内申点も高くとることができました。 そして、僕はサッカーをやっているので、運動部の盛んな城東高校を第一志望に決めました。

しかし、その時はまだ得点力が無く、模試では五科三百六十点くらいしかとることができていませんでした。そこで、授業で解けなかった模試の過去問を授業で解説してもらうと、少しずつ分かるようになりました。そして、nitoの講師の先生方は常に自分に合った難易度の問題を自分に合ったペースで教えてくれました。すると、一月の模試では五科四百点を越えることができました。

 入試本番でも、不安だった国語と理科も八十点以上とることができました。問題が少し簡単だったこともあり、少し不安でしたが、無事に城東高校に合格することができました。 僕が城東高校に合格することができたのは、親身になって教えて下さった講師の先生方、僕のやる気を上手に引き出して下さった塾長や教室長。そして、僕を塾に通わせてくれた家族。このように、たくさんの人の支えがあったから合格できたのだと思います。 「継続は力なり」この言葉を胸に、これからの高校生活を送っていきたいと思います。 


 (平成28年 墨田中学 卒)

私立 日本大学櫻丘高校 合格

私がnito個別学院に入ったのは、高校受験を私立単願で受けようと考えていたからです。自分の苦手なところを個別で集中的に教えてもらい、中学のテストの点をあげるためでした。

塾に入って最初のテストは、少し点数が上がったものの、自分自身の目標点数には及びませんでした。その後のテストでも目標には届かず、結局、前期の成績では志望校の内申点に二つたりませんでした。

後期になり、このままでは志望校を受験できないという焦りを感じていた私は、先生方の協力のもと、最後の中間テストに向けて必死で勉強をしました。塾には夕方5時から最終授業の終わりの時間までいて、主に苦手教科の理科と社会を中心に勉強しました。

その結果、テストの点数は上がり、内申も一つだけ上がることができました。そして、足りなかった一つは、その後にとった英検と漢検の準二級で補うことができました。

私の志望校の単願推薦入試は、テストなどはなく面接のみだったので、あまり緊張することもありませんでした。結果は合格。合格発表で自分の受験番号を見つけた時は、本当にうれしかったです。

私は単願入試ということもあり、都立受験をした人よりは受験勉強をした期間は短かったものの、結果が出た時の達成感は、今まで経験した中で一番大きかったと思います。そして、受験を通して、自分を信じて努力することの大切さと、私を応援してくれる人たちの存在のありがたさを強く感じることができました。今後もこのことを忘れず高校に入学しても努力していきたいです。


(平成29年 本所中学 卒)

私立 専修大学付属高校 合格

僕がこの塾に入ったのは3年生の6月ごろでした。きっかけはそれまで通っていた集団授業の塾が自分に合わないと思ったからです。集団授業では一人が授業の内容についていけなくなると、授業が止まってしまうからです。それが、nito個別学院に入塾すると、有名な大学の現役の大学生がたくさんいて、高校受験の話をしてくれたり、難しい問題を分かりやすく、丁寧に教えて下さいました。

僕は、はじめから推薦で大学の附属に行きたかったので、内申を上げるため定期テストを頑張りました。また、入塾してからは、周りの友達は試験範囲が出る二週間前から始めていたようですが、僕は一カ月前から始め、ワークを五回以上解きました。その結果、5教科16だったのが、5教科21まで上がることができました。

一番辛かったのは夏期講習と山手線一周を塾長や教室長、大学生の先生や塾のみんなと歩いたことです。そして、ぼくは、夏期講習でも山手線一周でも、最後まであきらめないということを学びました。この経験は一生忘れないと思います。先生方にはとても感謝しています。ありがとうございました。高校に行っても、自分に負けないように頑張ります。


(平成29年 本所中学 卒)

都立 文京高校 合格

私がnito個別学院に入った理由は、1:家から近い 2:集団授業だと部活が忙しいので、なかなか日程が合わない 3:定期テストの点数が落ちてきた、の3つです。塾に入るのは初めてで、しかも中学2年生の冬に入ったので、これからテストの点数を上げるのは厳しいかな…と少し心配でしたが、塾に入ると、講師の先生方が丁寧に教えてくれて、学校の授業だけではわからなかったところも、きちんと理解できるようになりました。おかげで、3年生の期末テストでは今までとれなかったような点数をとることができました。

私は5・6月頃には志望校を決めていました。しかし、吹奏楽部も忙しく、あまり受験勉強ができないまま12月になってしまい、その頃の模試ではまだ努力圏でした。すると、親から「最後の模試で合格圏にならなかったら、志望校は下げるよ。」と言われました。

受験直前の冬休み、本気で頑張りました。塾の冬期講習はもちろん、家でも過去問をやったり、基礎から見直しをしたり、自分にできるかぎりのことはやりました。そのおかげで、今まで時間が足りなくて全部読めなかった英語の長文も、最後の問題まで解けるようになりました。そして、1月の最後の模試では、きちんと合格圏に入り、頑張った成果を発揮することができました。

入試当日。塾の友達も、今、試験を受けているんだなと思ったら、全く緊張しませんでした。ですが、わからない問題がでたり、時間配分を間違えたりして焦ってしまいました。もしかして不合格かも…と思っていましたが、結果は合格。今まで一度も志望校を変えずに頑張ってきて本当によかったと思いました。しかも、当日の点数は今までの模試の点数とくらべると、一番の高得点でした。

このように、今まで頑張ってこれたのは、熱心に教えて下さった先生方、一緒に勉強してきた塾の友達がすぐそばにいたからです。本当にありがとうございました。

(平成27年 両国中学 卒)

都立 文京高校 合格

私は小学6年の時に中学校での勉強に備えるためにnito個別学院に入りました。

中学最初の定期テストでは思うような成績ではありませんでした。
しかし、学年上位50位に入りたかったので、部活動も頑張りながら、定期テストの勉強の分からないところを塾の先生に聞き、最終的には安定して50位以内に入れるようになりました。

ただ、3年生の前期期末考査ではあまり良い成績を出せず、内申が下がってしまいました。そのため模試の判定は志望校も努力圏で、志望校のレベルを下げようかと悩みました。更に私は10月の合唱祭の実行委員になり、毎日放課後に居残りをし、いつも疲れて家に帰るため、受験勉強をする気にもなりませんでした。
それでも、内申点を上げたかった私は、秋ごろから受験勉強より次の定期考査の勉強に力を入れました。するとその後期中間考査でいい点数を取ることができ、最終的には9科の内申点を5点上げることができ、模試ではそのおかげで志望校が合格圏に入りました。私は、学校の定期テストで手を抜かず勉強に励み高い内申点をもらえたことが第一志望の合格に深く関係していると思います。

冬休み中の自習で私は、まず過去問の5科をそれぞれ1年分解き、自分でどこが苦手分野か把握し、ワーク等でその分野の問題をたくさん解きました。私の場合は理科が一番苦手でその中でも化学分野が苦手だったので塾でもらった教材以外にも自分で買った問題をひたすら解きました。大切なのは、問題をたくさん解いて問題に慣れることだと思います。私は2年生週間前まではずっと夜の2時くらいまで勉強していましたが、1週間前は11時くらいに寝るようにしていたので当日はベストコンディションでのぞむことができました。体調管理も必要なことだと思いました。

私は無事、第一志望の高校に合格できました。これは自分の力だけではなく、支えてくれた家族、的確なアドバイスをくださったり、わかりやすくかつ面白く教えて下さったnitoの先生方のおかげです。ありがとうございました。

(平成30年 両国中学 卒)

都立 上野高校 合格

中二の後期中間テストが終わり、成績がとても悪かった。このままでは行ける高校がないと思い、nitoに入った。nitoに入るまでは家で通信教材で勉強し、分からないところはそのままになっていた。しかし、nitoに入り、一つひとつ丁寧に教えていただいたおかげで、次の定期テストで過去最高の点数を取ることが出来た。そして、通知表から3が消えた。

私は、どうしてもこの高校に行きたいと思える、目標となる高校がなかった。しかし、将来は教員になりたいという夢があり、そのためにはできるだけ高いレベルの高校に進学したいと思っていた。

定期テストや模試では、各教科80点を目指していた。しかし、塾長に、100点を目指さなければ80点はとれない、と言われ、毎回100点を目指して勉強するようにした。最初は塾長の言っている意味が分からなかった。そして、今までは80点を目標にし、80点に届かないことが多かった。しかし、それからは100点を目指すようになったことによって、80点に届くことが多くなった。目標を高くしなければ、高い目標には到達できない。私は自分の実力より高い目標を立て、目指すことで、本番で良い結果が出る、ということが分かった。

私は気持ちを切り替えることが下手だ。一つ分からない問題があると、次の問題でもひきずってしまい、ケアレスミスがますます増える。そのため、本番で緊張し焦らないためにも、出来るだけ多くの問題をこなした。数学では都立の入試問題用のドリルをひたすらやり、安定して点が取れるようになった。英語では時間が足りず長文が読み切れないことが多かった。しかし、長文の問題集をひたすらやり、読むスピードを上げることができた。そのおかげで、一番苦手だった英語だが、自信をつけることもできた。国語の小説文や論説文は思い込みが激しく、意味のとり違いが多かったが、多くの問題に触れることでコツをつかむことができた。

nitoには、同じレベルの高校を目指す生徒がたくさんいた。だからこそ、みんなに負けないようにと、常に向上心を持って取り組むことができた。私は学校の先生には、志望校を下げたらどうか、と言われていた。しかし、nitoの先生方が応援してくれ、出願ギリギリまで悩んだが、志望校のレベルは下げず、頑張った。

これから受験に向かう受験生の皆さん、合格できる可能性がどんなに低くても、私のように最後まで諦めないでください。


(平成29年 吾妻第二中学 卒)

都立 上野高校 合格

僕がnito個別学院に入ったきっかけは、中一のときに母親にすすめられたからです。

入ったときは、全く勉強をしていなくて、定期テストの点数も良くありませんでした。入ってからもしばらくの間は週二回の授業を受けて、塾以外の場所では全く勉強しないという感じでした。定期テスト前も、それほど勉強はしなかったのですが、英語と数学の点数は、前よりも上がっていたのです。それでも、他の教科の点数が低かったので、順位はあまり動きませんでした。

それからしばらくして、中三になり、いよいよ受験生ということで先生と志望校についての面談をし、勉強の計画について話し合い、熱心に勉強をし始めました。すると、三年生の最初の定期テストで、今までにとったことのない点数をとり、学年で10位になることができたのです。とても嬉しかったし、このとき、少しだけ自分に自信がもてるようになりました。

受験勉強を始めたのは、本格的には11月でした。遅いスタートでしたが、一日に4時間以上を目指して勉強していました。途中、勉強をするのが嫌で、何度も挫折しました。そんなとき励ましてくれたのは、nitoの先生方でした。僕のことを自分のことのように一緒になって考えてくれて、やる気を出させてくれました。その結果、僕は志望校に合格することができました。

受験を通して僕が思ったことは、最終的には自分がやらないといけないということです。どんなに講師の先生の教え方が上手でも、自分がやる気になって自分から勉強しないと、受験では勝てないと思いました。そして、そのためのやる気をださせてくれるのが、nito個別学院の一番いいところだと思います。僕はこの塾に入ってよかったと思っています。本当にありがとうございました。

(平成26年 錦糸中学 卒)

都立 上野高校 合格

僕は三年生に進級した4月の下旬に、nito個別学院に入りました。入ったきっかけは2年生の後半から、定期テストの点数が落ちて下がったからです。個別を選んだ理由は、前の塾は集団で自分のペースで勉強することができず、自分のペースでできる個別を選びました。

nito個別学院に入ってからは、大切なところを何回も聞けたり、あらゆる問題を解くことができたり、定期テスト対策があったおかげで、定期テストの点数が5科合わせて30点くらい上がりました。その結果、通知表が出る前の模試の第一志望の合格率と3年生になってから出た通知表後の合格率では、20%から70%まで伸ばすことができました。しかし、まだ90%以上にしたかったので、12月と1月に本気で勉強しました。

nitoでの受験生活は充実していました。なぜなら自習の回数が増えたり、夏休みと冬休みでは、ほぼ一日中、塾の中で勉強をしていたからです。塾にはたくさんの問題集と教えてくれる先生がいるので、とても受験勉強をスムーズに行うことができました。さらに、勉強スペースには勉強に害を及ぼすものがなくとても静かなので、過去問を実際の模擬テストの時のように集中して取り組むことができました。その結果、11月、12月、1月の模試では第一志望の合格率が80%を超えるようになり、とても自信をつけることができました。入試一か月前になると、模試や過去問で間違えた問題をもう一回解いたり、その間違えた問題によく似た問題を塾にある問題から探して解いたりしていました。受験当日の入試問題では分からなかった問題がありましたが、勉強していたところがしっかりと出ていたので、勉強しておいてよかったと思いました。そして、第一志望の高校に合格でき、今までやってきたことは決して無駄ではなかったのだと思いました。

塾の先生には大変お世話になりました。自習の時にわからない問題があった時はその場で教えて下さいました。先生方の丁寧な教え方が、僕が合格できた理由でもあります。本当にありがとうございました。

(平成25年 本所中学 卒)

都立 目黒高校 合格

私は中学2年生の秋ごろにnito個別学院に入塾しました。以前は団体授業の塾に通っていたのですが、授業に集中することができず、成績も下がってしまったので、すぐに辞めてしまいました。

nitoには親に薦められて入塾したのですが、最初は前のようにならないかと不安がありました。しかし、講師の先生方の解説は丁寧で分かりやすく、塾長や教室長のおかげですぐになじむことができました。また、下がり続けていた学校での成績も上がることができて嬉しかったです。  

中学三年生になり、七月に初めて模試を受けました。この模試で、多くの受験生が受験という現実を意識し始めるのだと思います。私の模試の合格率は70%でした。そこで天狗になってしまったのが私の間違いの始まりでした。中三の夏休みは受験生にとってとても大事な時期です。nitoの先生方もアドバイスをたくさんくれました。ところが私はそのアドバイスを聞かずに遊び過ぎてしましました。もちろん、そのように過ごしていて成績が上がるはずもなく、私の第一志望校の合格率は11月頃には30%以下という絶望的な数値まで下がってしまいました。その時、私は今までの私の行いを反省し、受験という現実に本気で向き合いました。

私は周りに人がいると気が散り集中できなくなってしまうタイプなので、自習室はあまり利用しませんでしたが、nitoの先生方からいただいたアドバイスは家ですぐ実践してみるようにし、冬休みにはお正月を含め、夜の三時くらいまでガムシャラになって勉強していました。毎回、6~7時間以上ものとても辛かった両国教室での団体授業も、得るものが多くありました。私がここまで努力をしたのは、人生で初めてでした。

冬休みが明け、最後の模試がやってきました。不安もありましたが、これまでの努力の成果を出してやろう、という自信のほうが大きかったです。結局、理科は失敗してしまいましたが、社会では95点をとることができ、第一志望校の合格率も最初の模試よりも上げることができました。

その後、私は推薦入試で第一志望である目黒高校に合格しました。学力試験は受けていませんが、nitoの先生の支えがなければ、ここまでやってこれなかったと思います。私はみんなより早く受験が終わってしまいましたが、ここで天狗になっては意味がないと思うので、調子に乗らず、勉強を続けようと思います。

塾長や教室長、両国教室長、講師の先生方には本当に感謝しています。nitoで教えていただいたことを忘れずに毎日を過ごして行こうと思います。ありがとうございました。

(平成28年 両国中学 卒)

都立 目黒高校 合格

僕は中学二年生の初めにnito個別学院に入塾しました。僕は中学一年生の頃、成績が思うように伸びませんでした。僕はサッカーのクラブチームに入っていたので、集団授業では自分のペースで続けられないと思い、個別授業であるnitoに入りました。

nitoには知り合いが数人しかいなく、とても不安でいっぱいでした。しかし、その不安も一カ月後にはなくなっていました。講師の先生方や教室長の先生はとても話しやすく、すぐにとけこむことができました。そして、月日は流れ、三年生の夏。一番大切な時期です。しかし、クラブチームのほうは最後の大会の真っ最中だったので、勉強に集中できないまま中学最後の夏休みが終わってしまいました。そして、夏休み明けの模擬テスト。夏休みのつけが回ってきたのか、ひどい結果となってしまいました。クラブチームでは最後の大会も終わり、これを機に本気で勉強に集中することにしました。

十月、十一月は、ほぼ毎日自習室で勉強しました。自習室はとても静かで勉強するには最適な場所でした。自習の甲斐もあり、五科三科ともに偏差値13も上げることができました。冬期講習では、仲間たちと切磋琢磨し、自分を高めることができました。

冬休みが明け、一月になり、推薦入試のための作文の対策が始まりました。はじめはうまく書くことができませんでした。しかし、塾長がつきっきりで添削をして下さったおかげで、うまく書けるようになりました。僕は、塾長の指導のおかげで無事、推薦入試で都立目黒高校に合格することができました。僕は推薦入試で合格したので、学力テストは受けていません。しかし今まで勉強してきたことは無駄ではないと思います。僕は、いつの日か頑張ったことが戻ってくると信じています。

僕は、塾長や教室長、講師の先生の支えで合格でき、勉強が好きになりました。本当にありがとうございました。

(平成25年 錦糸中学 卒)

私立 東洋大京北高校 合格

私は、小学校の頃は毎日遊んでいて、勉強を全然しませんでした。そこで、母が、中学校に入ってついていけなくなったら大変、ということで、nito個別学院に入ることになりました。

中学校の初めてのテストでは、あまりよい成績をとることができませんでした。また、私は吹奏楽部に所属していたため、毎日練習があり、勉強と部活を両立することは大変でした。あるとき母が、「勉強と部活を両立できないなら、部活を辞めなさい。」と言い、塾長にも厳しいことを言われました。私は、部活が好きだったので辞めたくはなくて、次のテストでは必死に勉強して順位を上げることができました。定期テスト前は寝る時間をさいて勉強したり、順位が下がった時は、とても悔しくて泣いたりすることがありましたが、いつも家族や塾の先生方が支えてくれたおかげで、中一から中二で82位も上げることができました。

私は英語が得意なほうだったので、英語を重視している高校を選びました。でも、模擬試験では成績が全く上がらず悩んでいました。だから、成績を上げるためにも人一倍勉強しようと、毎日、塾の自習室に行き、平日は約8時間、休日は約15時間勉強しました。そうしたら、模擬試験でも成績が上がるようになりました。

試験本番ではとても緊張して、私の苦手な数学ではあせったりしましたが、無事に第一志望を合格することができました。受験前は、つらいことや悔しいことがたくさんあったけれど、これまで頑張ってきて良かったと思っています。

ここまで支えてきてくれた、家族や塾の先生方や学校の先生、友達に感謝でいっぱいです。本当にありがとうございました。

(平成27年 両国中学 卒)

都立 江戸川高校 合格

私がnito個別学院に入ったのは中3の5月でした。当時通っていた塾が集団授業で自分に合わないと思ったからです。個別に変えたおかげで自分に合った授業を受けることができ、第一志望の高校に合格することができました。

一番実力がついたのは理科です。1,2年の頃に勉強をサボってしまっていたため最初に受けた模試の結果は最悪でした。理科の点数を上げなければ合格が見えない状況だったため、10月から授業をいれ、1,2年の復習を徹底的に行いました。理解できてないものが多かったのですが、講師の先生の丁寧で分かりやすい解説のおかげで実力をつけることができたと同時に自信を持つことができました。

しかし、受験1ヶ月前という時に私は得意教科であった数学がスランプになってしまいました。今までできていた問題でミスが多くなり、悔しくて、自分が嫌になってしまい、数学に対する意欲を失ってしまいました。そんな時に救ってくれたのが教室長でした。簡単な問題でも解けたら全力でホメてくれ、できなかったら一緒に教えてくれる授業のおかげで本番、高得点をとることができました。

どんな悩みでも話しを聞いてくれる優しい先生、的確なアドバイスを教室長、塾長、団体授業や山手線1周など辛いこと一緒に乗り越えた仲間がいたからこそ、途中で諦めることなく努力できたのだと思います。

私を合格に導いてくれた先生方に感謝しています。ありがとうございました。

(平成30年 錦糸中学 卒)

都立 江戸川高校 合格

私がnito個別学院に入塾したのは、小学校3年生の時でした。その理由は、前に入っていた塾の年齢制限が、3年生までだったからです。
その時の私は、ろくに机に向かわず、宿題もせずに、外で友達と遊んでばかりでした。当然成績も上がらず、そのまま小学校を卒業しました。

中学校に入ると、初めての定期テストがありました。そこでは、119位という結果でした。その時の私は、こんな結果でも満足していました。
そのまま1年生の間も真面目に勉強せず、1年生の最後のテストでは144位という結果でした。

その後の面談で、塾長にはかなり厳しいことを言われました。それから2年生になり、最初のテストで初めてしっかりと勉強しました。今まで使ったことすらなかったような自習室も活用しました。結果は77位で前回の結果よりも67位もUPし、そこで私は、勉強をすれば、学力は上がる、ということを初めて知りました。そのまま勉強を続けていくと2年生の最後のテストで夢にも思わなかった50位以内、いや、30位以内に入ることができました。ちょうど1年前のこの時のテストで最低順位144位を出したので、1年で100位以上順位を上げることができました。

3年生になってからは、毎日のように自習室へ来て勉強をしました。定期テストの順位も上がり、最高順位22位という結果も出しました。
受験期は、毎日、自習室へ通いました。模擬テストの順位も徐々に上がり、内申点のおかげもあってか、第一志望の高校に合格することができました。

頭の良さは、生まれた時から決まっていると私はずっと思っていました。しかし3年間の自身の体験から頭の良さは勉強することで変えられる、と今は思っています。そして自習や授業の時に分からないことがあったらその場で教えてくれる先生方の分かりやすい教え方が、私が志望校に合格できた理由でもあると思っています。今まで本当にありがとうございました。


(平成30年 両国中学 卒)

都立 江戸川高校 合格

私は友達に誘われてnito個別学院に入りました。はじめての塾ということもあり、不安ばかりのスタートでした。しかし、講師の先生方が笑顔で優しく接してくださったので、いつしか不安は消えていました。

私は中一の頃、数学の点数が右肩下がりになっていたことで、このままでは大変なことになってしまうと思いました。そこで、まずは成績を維持するためにとはじめの頃は通っていました。

ところがだんだん受験を意識しはじめると、さらに上をという気持ちが芽生えてきました。そんな時、先生方が全力でサポートして下さいました。授業内ではもちろん、授業じゃないときでも、熱心に分かるまで教えて下さいました。

そして、大学への進学も考えた上で志望校が固まり、いよいよ入試に向けての勉強が本格的にスタートしていきました。模試の結果では常に安全圏に入っていましたが、気を抜いてはいけないと喝を入れて下さいました。また、面談では学校から帰宅してからの時間の使い方、休日の使い方、勉強法のアドバイスをして下さいました。そのおかげで、今までよりずっと効率よく勉強できるようになっていきました。

入試前は朝早くに登校し、放課後は図書室で最大限に時間を使い、ひたすら過去問を解きました。本番はとても緊張しましたが、先生方の言葉を思い出し、最後まで頑張ることができました。無事合格できたのは、nitoの先生方の支えがあったからだと思います。たぶん、一人ではこんなにも頑張ることは不可能だったと思います。また、nitoの先生方は勉強のことだけでなく、面白い話や人生を生きていくうえで大切なことなど、ためになる話をたくさん聞かせて下さいました。だから、私は心から感謝しています。短い間でしたが、私を合格へと導いて下さり、本当にありがとうございました。

(平成26年 錦糸中学 卒)

都立 深川高校 合格

私は中2の三月にnito個別学院に入りました。入った理由は、同じ吹奏楽部の友達が入っていて、部活の時間を考えて授業を入れてもらっていたり、私は数学が特に出来ず受験が不安だったからです。

志望校も決まり、初めての模擬試験に取り組みました。結果は努力圏でした。私は最初だからまだ大丈夫かなと思っていました。しかし、何度模擬試験をやっても結果は努力圏、最後の一月の模擬試験もギリギリのところで合格圏に入れませんでした。私はとても悔しかったですが、なぜかまだ、本番では何とかなるだろうと思っていました。

しかし、私が本当に落ちてしまうかもしれないと思ったときがありました。それは私立単願の発表の日でした。みんなはどんどん進路が決まっているのに、私だけ受験で落ちたらどうしよう。私はこの時に都立の高校に絶対に行きたいという気持ちが強くなり、すきま時間があったら勉強とか、テレビも一切見ない!など、自分でルールを決めるようにしました。

それからは、過去問の間違えた所をまず何度も解き、完璧になるまでやりました。理・社はとにかく暗記だ!と思い、nitoで配られたワークや学校で配られたプリントのすべての間違いを見直しました。英語はnitoで言われた一日一文英語の長文をやるために長文のプリント集をもらい、そのおかげで長文を読むスピードが速くなり、常に75点以上をとることができるようになりました。数学はもともと嫌いな科目でしたが、nitoの先生方のおかげで、分からなかった所の解説を見て、解法が分かった時のうれしさや、数学の楽しさがわかるようになりました。

都立入試3日前、過去問で事件が起こりました。いつも国語は80点ぐらい取れていたのに、その年の分は50点台を取ってしまったのです。私は本当にショックで落ちてしまうかもしれないと思いました。しかし、私はここで落ち込まず、間違えた原因を探して、その解決法を考えました。そして、本番は何が起こるかわからないんだと思い、全教科の自分の出来ない所、その解決法をノートにまとめ、入試本番までがむしゃらになって勉強しました。

そして、本番当日、私はなぜか試験会場についた瞬間、家からの緊張がすべてなくなり、とても試験に集中することが出来ました。そして、結果は合格でした。

今振り返ってみると、やはり、あきらめなければ夢は叶うんだなと思いました。最後の模擬試験の結果や都立三日前のあの結果で、少しでも気持ちが折れていたら、合格は出来なかったと思います私が受験で得ることが出来たのは、計画をたてて勉強することの大切さ、本番では自分を信じること、そして、絶対に最後まであきらめないことです。高校に入っても実行していきたいと思います。


(平成29年 両国中学 卒)


都立 東高校 合格

僕は中三の五月頃にnito個別学院に入りました。僕がnito個別学院に入った理由は、受験勉強と成績を上げるために塾を探していたときに、サッカー部の友達に紹介されたからです。塾に入る前の僕は本当に勉強が嫌いで、テスト前以外の日は全く家で勉強もせず、学校の授業も真面目に受けていませんでした。その結果、一年生の時は100位以下の成績順位をとったりしていました。

しかし、三年生になって受験を意識し始め、nito個別学院に入って真面目に勉強をし始めたら、成績が驚くほど上がり、勉強に対する意欲が高まりました。その結果、最後の後期中間テストでは、今までの中でも、ダントツ一番の点数をとることができ、順位も19位をとることができました。内申も二年生の頃より7以上も上がり、行くことができる高校がとても増えました。

僕がここまで成績を上げることが出来たのは、前より勉強の量が増えたこともあるけれど、塾の授業がわかりやすく、前より勉強が理解できるようになったからです。そして、テスト前になると塾でテスト対策の授業やテストをしてくれたので、嫌でもわからないところがわかるようになったからです。

成績が上がってからは、僕の受験に対するモチベーションも上がり、そのあとの冬期講習などもあり、自分の学力が上がっていることを実感しはじめました。しかし、学校の定期テストと受験勉強は違いました。英語、数学、国語の三教科は冬期講習などのおかげでできるようになったのですが、理科と社会は一、二年生の頃、真面目にやっていなかったというハンデがあり、とても足を引っ張りました。最後の模試でも、三教科は良かったのですが、理科は32点をとってしまい、とても焦りました。そのため、悩んで悩んで志望校を下げることにしました。でもその焦りのおかげで、その日から三日間、ただただ理科のワークに書いてあることをノートに書き写す作業を飽きずにひたすらすることが出来ました。そうしたら、入試本番では自己採点をしたら、74点を取ることができました。他の教科も模試ではとったことのない点数を取ることが出来て、合格基準を大幅に超えるほどの点数を取ることが出来ました。

僕がこうやって合格することが出来たのは、塾長や教室長、多くの先生方が、厳しく、わかりやすく勉強を教えてくれたからだと思います。そして、僕はnito個別学院に入って、勉強することの楽しさと喜びを知ることが出来ました。受験はとても辛くて、勉強をやめたくなると聞いていましたが、nito個別学院で勉強することで、自分はあまり辛いと思わず、みんなと一緒に乗り越えたいと思っていました。今回、初めての受験で学んだことは、一、二年生から真面目にやっていれば受験もラクになるということです。僕はこの経験を通して、高校では一年生から真面目に授業を受けようと思います。


(平成29年 錦糸中学 卒)

都立 芝商業高校 合格

私は小学5年生の冬に自分の誕生日の日にnito個別学院に入りました。
この塾との出会いは学校帰りにもらったチラシがきっかけでした。その時期、私はとても勉強のことで思い悩んでいました。例えば、勉強方法が分からず、そのことから進んで勉強しなくなり勉強の楽しさ、面白さに気づけていないということでした。また、幼い頃から時間の有効活用が上手く出来ず、1つのことに集中した時に、他のことが手につかなくなり、両立をすることが苦手で要領が悪かったです。
これらのことから、私は中学校で上手くやっていけるか、受験にこのままで合格出来るのか、などと焦りや不安から押しつぶされそうになっていました。そんな私はこのチラシこのチラシを見て、まず、自分で教科、曜日、時間を決めることが出来、さらに個別指導ということに心惹かれ、nito個別学院に入ることにしました。

それから月日は経ち、中学3年生になり、中学2年生の頃から持ち始めていた芝商業高等学校を第一志望校にしました。目標もはっきりと決まり、初めての模擬テストに取り組みました。しかし結果は努力圏。合格の可能性も20%~30%ぐらいでした。ですが私はそこで、落ち込んでないと言ったら嘘になりますが、逆にやる気が湧いてきて、絶対に安全圏に入り、入学してやると決心もついていました。

どんどん受験が近づいてくる中、私はダメもとで一般推薦を受けることにしました。その際にこのことを塾長や教室長、講師の先生方に伝えたら、「ただでさえ一般入試が危ういのに」と止められると思っていました。しかし塾長は「やるからには手を抜かずに最後まで死ぬ気で頑張りなさい」と私のことを応援してくださいました。また塾長は作文や自己PRカードなどの書き方やポイントなどのアドバイスを毎日のようにお時間を割いて協力してくださいました。

私は必死に一般入試では過去問を中心とし苦手教科の克服や分からない問題はひたすら似ている問題を解きました。一般推薦では集団討論の練習、作文は1つのテーマを時間内に書けるかなどと心がけてやりました。入試も推薦も疎かにせず両立させました。

そして最後の模擬テストの日を迎えました。この日まで小さな努力を積み重ねた結果、安全圏に入ることが出来ました。それから何週間後かに一般推薦の日を迎え、私は全力を出し切り、今まで注意や指摘を受けたところに気を付け精一杯やり切りました。結果は合格。私は本当に嬉しくて、誰よりも先に塾長をはじめとした教室長や講師の先生方にすごく感謝しました。

私は今、あの時の不安や悩みはありません。今では週のほとんどを学校から帰宅後、塾の自習スペースで過ごし時間を有効的に使えています。また優秀な講師の先生方のおかげで、勉強の楽しさ、やり方、1つ1つの教科に対してより興味を持つことが出来ました。そして勉強だけではなく、いつも明るく笑顔や温かさ、たまに愛のある少しの厳しさで私を気にかけ支えてくれた教室長。

nito個別学院に入り私は本当に心をさせることが出来ました。私はこの塾で「諦めなければ、叶えたい夢は叶う」そんなことを学べたと思っています。手取り足取り、支えてくれ自信をつけてくれた、生徒思いなnito個別学院に入れて良かったです。本当にありがとうございました。


(平成27年 文花中学 卒)

中学受験

都立 白鷗中学 合格

ぼくは、7月からnito個別学院に入りました。それまでは、ほかの塾で私立向けの勉強をしていました。私立向けの勉強をしていた時は、作文が苦手でした。この塾に入って公立は記述がだいたいだ、ということを知りました。そんなぼくを作文が書けるようにしてくれたのは先生たちでした。

T先生には、「字をしっかりきれいに書く」ということを教わりました。

K先生には、問題で聞かれているところには線を引くことや、作文では読点を多くしない、一文を二行程度で終わらせるなど、いろいろなことを教わりました。

Tあ先生には、記述を書くときは図を描いて説明すると、より分かりやすくなるということを教わりました。

Tは先生には、夏期講習でほぼ毎日教えていただき、公立の勉強のコツなどを教えて下さいました。

S木先生は、テストで立体や推理などの問題が出て思いつかなかったら、最後の余った時間にやる、ということを教えてくれました。

K池先生には、作文のいろいろな書き方や、問題用紙を自分なりに汚す、ということを教わりました。

B先生は、あいまいだった言葉の使い方をいろいろ教えてくれました。

E名先生には、記述をもっと良くするためのことを教わりました。

M城先生には、理系の計算ミスをなくす方法を教わりました。

ぼくが今後受験する人に言いたいことは、「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」というように、分からない問題があった時は、恥ずかしがらずに先生に聞く、ということです。

あともう一つあります。それは、「人生は自分の力で切り拓くものだ」ということです。

このようなことをふまえて受験に挑んでください。白鷗中で待っています。

(平成27年 二葉小 卒)

都立 白鷗中学 合格

私がnitoに入ったのは、小学4年生の春です。入ったきっかけは、兄が入っていたからです。そして、私は6年生の4月から本格的に受検勉強を始めました。自分の実力を知るために初めて模擬テストを受けましたが、その結果は自分の思っていた点数よりはるかに下でした。悔しかったので、次のテストで高い点数をとろうと思い、塾の授業が終わった後に自習をいつもしました。そうしたら、次の模擬テストで、点数が驚くほど上がっていました。文系と理系と作文の授業を受けていましたが、最初は丸がとても少なかったです。しかし、やっていくうちに丸が増えていきました。また、それだけでは不安だったので、白鷗の過去問を買ってもらい、解答を覚えるくらいまで何度も解きました。

入試本番。途中で分からない問題があり、時間を見たらあと数分しかありませんでした。間に合わないと思いましたが、もうやるだけやってみようと思い、やったら、時間内に終わらせることができました。あまり自信がありませんでしたが、合格することができました。先生方のおかげで合格することができました。本当にありがとうございました。

(平成27年 柳島小 卒)

私立 跡見学園中学 合格

私は小学五年生の夏休み後にこの塾に入りました。それまでは家の近所にある塾に通っていましたが、授業の進みが速く、わからないところも聞きづらく、勉強が楽しくありませんでした。母に塾を変えたいと言い、個別でていねいに教えてくれそうなnitoを選びました。

入塾前の自分は、毎日遊んでばかりで勉強に対しての関心もあまりありませんでした。しかし、このような私を変えてくれたのが、nitoの先生方でした。みんな優しくて、毎回わかりやすく教えてくださり、わからないところも私が理解できるまでていねいに説明してくれました。

六年生になり、何度か模試を受けましたが、なかなか良い結果がでず受験が近づくにつれ、不安が大きくなりました。そんな時も、nitoの先生方は、「大丈夫だよ!」と応えんしてくれました。私は、その言葉を信じて頑張ることができました。

そして第一志望に合格する事ができ、さらに、挑戦で受けた同じ学校の特進クラスも一日目で合格する事ができました。その日の夜塾長に電話して、合格を伝えると、とても喜んでくれました。私も、すごくうれしかったです。

私は、このnito個別学院に入塾していなかったらどこの中学校も合格していなかったと思います。いつも私のことをはげまして、応えんしてくれた先生方にとても感謝しています。先生ありがとうございました!


(平成31年 第一寺島小 卒)

私立 三輪田学園中学・日本大学第一中学 合格

我が家の双子がnitoでの授業を体験したのはまもなく小5になろうとした頃、中学受験の勉強を始めるには遅いスタートでした。
先生方には1年分のハンデを埋めるべくその子にあった勉強の進め方を考えていただきました。

小6になり、いよいよ本格的に受験勉強を進めようとなったとき、改めて個別の塾を選んで良かったと実感しました。
なぜなら、2人は性別も受験科目数も志望校も何から何まで違っていたからです。丁寧にその子にあった対応をしていただけることがとてもありがたく感じていました。

先生方は子供がどこを頑張ってどこを手抜きしているか、とてもよく見ていてくれます。
褒められてうれしそうに帰ってくる日もあれば、ガツンと指摘されてシュンとしている日もあり、その子の個性に合った接し方を考えていてくれるのだなあと思いました。

6年生の夏休みが明けると、先生がそれぞれの自習の時間割まで作ってくれて、どうやって勉強を進めればいいのか迷うことがなくて、とても助かりました。平日は夕飯のお弁当を塾に届け、自習が終わる9時過ぎにお迎えに行くという毎日でしたが、それでも思ったように成績が伸びず不安な時期もありました。しかし、面談のたびに先生と一緒に勉強の進め方を考えてもらい、無事2人とも第一志望の学校に合格することができました。本当にありがとうございました。

塾には珍しくnitoには遠足や社会科見学などのイベントがあり、子供たちは毎回とても楽しみにしています。小学生のためのイベントなので「中学生になったらもう行けないんだよね」と言うほどで、本当に楽しかったのだと思います。夏休みのバーベキューはまだ参加できるので、心待ちにしているようです。

それぞれの望んだ中学校で頑張れるよう、これからもよろしくお願いいたします。


(平成31年 二葉小 卒 母)

大学受験

早稲田大学 合格

私は中二の春にnito個別学院に入り、高校受験が終わった後も通い続けていました。

高一、高二の頃は、課題とテスト勉強はしっかりやっていましたが、普段の勉強はあまりしていなかったため、順位も成績も真ん中くらいでした。
高三になる前の冬に、それまでぼんやり行きたいと思っていた早稲田大学を志望校に決めました。

高三の最初は、学校やnitoの予習、復習、課題を中心にやっていました。
基礎がまだ出来ていないと感じていたので、なるべく基礎を固めるつもりで勉強しました。
それと同時に夏ごろからnitoで早稲田大学対策として英作文を始めました。
受験直前まで対策は続きましたが、段階を踏んで解き方を身につけることがとてもよかったと思っています。

併願する大学は、塾長からアドバイスを受けて決めました。
他にも、勉強の相談や大学の様子など、実際に早稲田大学に通っている講師の先生方に聞くことが出来たので、とても心強かったです。

一月に最後の模試の結果が返ってきましたが、それまで受けた模試は全てE判定で、センター試験も思ったより出来ませんでした。
正直「もう早稲田は無理だ」と思っていましたが、なんとか文学部に合格することが出来ました。

今まで支えて下さった塾長、教室長、講師の先生方、本当にありがとうございました。

5年間通ってきて本当によかったです。

(平成28年 都立小山台高校 卒)

早稲田大学文学部 合格

僕は中三の秋頃、nito個別学院に入りました。
中学受験をして中高一貫に合格し、さらに大学まで推薦制度を利用して入れる学校に入っていたので、当時からその制度を使うつもりでいました。
しかし、成績があまり芳しくなく、兄が通っていた影響もあり、nito個別学院へ通うことになりました。

中高一貫校の中三~高一くらいの時期の生徒というのは、とんでもないほどなまけているので、僕も塾に通い始めの頃などは、本当に行くのが面倒で、何度も檄を飛ばしてくれた塾長と教室長、先生方にはとても感謝しています。また早い段階で英単語や古文単語をやることを勧められ、まわりと差をつけられたことはとても良かったと思います。
その上で、この塾の良い所は、大学生の先生方に教われる点だと思います。僕自身もたくさんの早稲田大学の先生方に教わることができたので、多くの糧を得ることができました。
僕は高校三年生になって、合わせて予備校にも通い始めったのですが、近い距離での先生方の応援はとても心強く、また近所にいつでも使える自習室があったというのは、とても便利でした。おかげで、僕は無事早稲田大学文学部の推薦をとることができました。

先生方、塾長、教室長にはとても感謝しています。ありがとうございました。


(平成31年 早稲田高校 卒)

津田塾大学 合格

中学時代の私は、中学受験をしたせいかは分かりませんが(結果は不合格で、区立の中学に通っていました)、勉強はできるほうでした。その後、小山台高校に無事合格し、部活はダンス部に所属して、充実した生活を送っていましたが、一方でダンスに明け暮れて勉強を疎かにしていました。

そのせいで、入学してから高校3年の初めまでの模試の成績は、右肩下がりでした。これではいけないと思い、今まで通っていた塾をやめ、成績が伸びた友達が通っていたnito個別学院に私も入ることに決めました。

塾の面談で、今までなんとなく過ごしてきたしまった結果を改めて突きつけられ、「このままじゃどこの大学も受からないよ。」と塾長に言われた時、初めてきちんと現実を見た気がしました。自分が思っている以上に、自分の学力は落ちてしまっていることを、きちんと痛感できたことは、とても大きかったと思います。

そこから気持ちを切り替え、計画をきちんと立てて、毎日2時まで勉強しました。それでも、なかなか成績は上がらず、夏休み明けの模試でも、第一志望の大学は相変わらずE判定でした。どれだけ勉強しても上がらない成績に、とてもショックを受けました。

でも、nito個別学院の先生に効率のよい勉強法を教えていただいたり、相談に乗ってもらいながら、少しずつ成長していきました。正直、私は最後の模試もあまり良い結果が出ませんでしたが、私が本当に自分の成長を感じたのは、最後の模試の結果が出たずっと後でした。得意ではなかった英語が初めて、センター試験の過去問で8割を越えたのは、恐らく私の学校の友達よりもかなり遅い時期だったと思います。それでも、自分は周りの友達より遅れているのだから、人の倍努力して人並みなんだ、と念じて、毎日頑張ったら、最後の最後で、やっとその努力が報われるようになりました。

私は第一志望は共学でしたが、8校受けたうちの6校は塾長に薦められて女子大にしました。

結果、共学2校は両方とも不合格でしたが、残りの女子大のうち、センター利用以外の5校に合格しました。そして、第一志望はダメでしたが、第一志望の学部に限りなく近い学部がある津田塾大学に合格することができました。

私はどれほど成績が上がらなくても諦めずにずっと続けていれば、きっといつかは努力は報われるということを、身をもって感じました。その努力が報われる日が、友達は夏休み後で、私は12月だったんだ、周りの人と比べるのではなく、自分にどれだけ向き合えるかが大切なんだ、と思いました。

北川先生、高先生、教室長、塾長、本当にお世話になりました。ありがとうございました。


(平成29年 都立小山台高校 卒)

東京理科大学 合格

私がnito個別学院に入ったのは小学六年生のときです。その前に家庭教師を雇っていましたが、授業中にもポケモンの話をしてしまい、解雇されてしまいました。中学受験で白鷗中学校を目指すことになり、やはり勉強できる環境が必要ということで近くにあったnitoに入りました。

小学生は手がかかるものなのに、私は泣き虫だったため、非常に面倒をかけてしまったと思います。それでもたった半年で小学校三年分の内容を教えて下さったことにはとても感謝しています。
なにより嬉しかったのは、受験当日にその学校の前に立っていて、受験する私を激励してくれたことです。無念にも白鴎中学校には落ちてしまいましたが、
nitoを通じて学びの基礎となる土台を理解することができました。

公立の中学校に入った私は引き続きnitoに通い続けました。nitoでは中学生を対象とした定期考査対策が行われています。その甲斐あって、定期考査では常に上位に入っていました。
学年が上がるにつれ内申書の成績も上がっていき、本命である東京工業大学附属高校の推薦基準を満たすことができました。
推薦では内申書を書かなくてはいけなかったので、塾長に内申書を精査してもらい、また自身でも推敲し、洗練されたものを作り上げました。また、面接練習も行ってもらい、異質な質問にも答えられるように練習させてもらいました。その甲斐あって、推薦に合格することができました。

高校生になっても引き続きnitoに通い続けましたが、高校一年生のときには、ゲームやマンガ、アニメに夢中になってしまい、成績が落ち込んでしまいました。
そんな時でも、塾長や室長は私を励ましてくれ、なんとか成績を維持することができました。二年生、三年生は徐々に成績が伸びていき、東京工業大学の特別推薦資格を勝ち取ることができました。
このときの文章作成や研究テーマのパワーポイント作成にも協力してもらいましたが、不合格となりました。しかし、東京理科大学化学科の指定校枠が残っており、獲得することができました。また、大学に提出する文書を手伝っていただき、東京理科大学に合格することができました。

塾長と教室長、勉強を教えてくださった先生方、本当にありがとうございました。

(平成30年 東工大附高校 卒)

法政大学 合格

僕はこのnito個別学院に高校1年のときに入塾しました。僕がこの塾に入ったきっかけは、自分が通っていた高校にギリギリの成績で入り、周りのレベルも高く、学校の授業だけではついていくことができないためでした。入塾当初は理系志望で英語と物理の授業を取っていました。しかし学年が進むにつれて自分のやりたいことが変わっていき、最終的に文系志望となって英語と国語の授業を取ることになりました。

最初に延べたとおり、学校の成績も下から数えたほうが早かったような自分が大学に受かることができた理由はいくつかあります。

一つ目は僕が教わっていた二人の先生です。本格的に受験勉強が始まりだしてからは先生を固定してもらい勉強を教わりました。特に僕は英語がすべての教科の中で一番嫌いで、出来も一番よくなかったです。夏の模試では先生たちに見せられないほどの点数をとってしまい、絶望的だった記憶があります。ただ、僕が教わった先生には基礎の基礎から教えてもらい、本番が近付くにつれて自分でも実感できるほど成績を伸ばすことができ、受験勉強を始めた頃に比べて、かなりの実力をつけることができました。もう一方の国語はこちらも成績が良かったわけではなく、とくに古典は理系志望だったこともあり、知識も全くなく、一から教えていただきました。最初は現代文も古文も全く読めず、思うように成績が上がらない中、先生に細かく教えてもらい、難しい文も読めるようになっていきました。

二つ目は、最後まで偏差値の高い大学を志望させてくれたことです。どんなに第一志望の大学に成績が届かなくても、面談の時に塾長と教室長に「ここを目指しなさい。」と言っていただき、自分をその気にさせてくれたこと大きかったと思います。受験の最中には気が付きませんでしたが、終わって振り返ってみると、もし志望する大学の偏差値の基準を下げてしまっていたら、今の大学にも行けていなかったと思います。

三つ目はこの塾の環境だと思います。塾長や教室長はもちろん、塾にいる先生全員が自分のことを気にかけてくださり、授業の合間や帰り際にはいつも、頑張れと励まされ本当にありがたかったです。また、授業面でも僕の予定に合わせてくれたり、自習環境が整っていてとても勉強しやすい環境でした。そして、これらの要因が僕の合格に大きく影響したと思います。

最後に大学受験を経験した僕の意見として、言いたいことがあります。それは自分の好きなことをやった方がよいということです。僕は小学生の頃からずっとサッカーをしていて、中学ではクラブチーム、高校でも部活に入り、受験の年の最後の夏までサッカーをしていました。普通だったら受験という場合、部活をやっている人は春には引退し、夏休みは本格的に勉強という感じですが、僕は夏まで部活を続けました。結論から言うと、自分は第一志望の大学に受かることはできませんでした。だからといって夏まで部活を続けたから落ちたとは思っていません。逆に夏まで続けたからこそ、メリハリがはっきりして効率よく、かつ春から始めた人に追いつかなければいけないという思いに駆られ、必死に勉強することができたと思います。受験生の全員が全員そうであるとは限りませんが、高校生という三年間はあっという間で、すごく楽しい時間です。そのかけがえのない時間にしか」できないことはやった方が絶対に良いと思うのです。結果はどうであれ、勉強やスポーツを懸命にやった高校三年間という時間は本当に本当に楽しく、濃密な時間を過ごせたと思います。自分に夏まで部活を続けることを許してくれた塾の先生方には本当に感謝しています。こんな体験談ですが、少しでも役に立てれば光栄です。


(平成29年 都立小松川高校 卒)

首都大学東京 合格

私は首都大学東京健康福祉学部看護学科に合格しました。
1年生の時は全く勉強していませんでしたが、2年生からは少しずつ受験を意識し、学校の小テストを中心に英単語・文法・古文単語などを覚え始めました。
単語帳は受験が終わっても覚えきれませんでしたが、何度も見たところは自然と覚えたりするので早いうちに始めると良いです。

nitoでは主に数学を教えてもらっていました。私が通っていた高校には週末課題というのがあったため、1,2年生のときはそれを中心にやり、学校の授業に遅れないようにしていました。
定期考査の時は、提出物の分からないところを塾で先生と一緒にやりました。12年生のうちから「分からない」を無くすことで受験生になってからの勉強もスムーズに進めることができました。

受験生になってからは、学校の教材ではなく、塾でもらった教材を使いました。全範囲一通り基礎を固め、ワークを1冊選び、それを全部解けるようにしました。塾に行っていなかったら基礎固めを疎かにしていたと思います。基礎は本当に大切なので、簡単な問題でも1から教えてくれた先生には感謝しかないです。受験間際、難しい問題を解くときでも、何を求めるのか、先生が教えてくれたように1から考えることで、答えを出すことができました。

受験は私にとって重荷でした。1人だったら決して乗り越えられなかったと思います。
一緒に頑張れる友達、生活を支えてくれる両親、失敗しても自分を信じてくれる先生方がいたから合格することができました。本当にありがとうございました。

(平成30年 新宿高校 卒)

成城大学 合格

私は中学2年生の4月に入塾しました。きっかけは、部活を退部したため勉強はしっかりやらなければならないと思ったからです。
その後、広尾高校に合格しましたが、勉強についていけるか不安だったため、塾に通い続けていました。

高校生になり、塾長に「大学受験は本当に大変だから定期考査を毎回しっかりとやって指定校で大学に入学した方がいいよ」と言われた時、私は勉強が好きではないから長い期間受験勉強するより、定期考査を頑張った方が私に合っていると思いました。そして、塾長の教えである「定期考査の3週間前から勉強する、ワークは回答を覚えるまで何周もやる」ということを守ったことで、どんどん成績が上がっていきました。また、講師の先生方も分からない問題は一緒に考えてくださったり、学校では教わらないような簡単な解き方などを教えてくださったり、とても役に立ちました。
このように、1年生の時から真剣に取り組み、寝る間も惜しんで勉強しました。

広尾高校は、指定校の枠はたくさんあるのですが、指定校をもらえる基準が厳しいです。また、9月に指定校をもらえるか分かるため、3年生の夏休みは塾長にすすめられた昭和女子大学のAO入試に向けて作文を書く上でのルールや構成を教わり、書いては添削してもらうというのを何十回も繰り返しました。さらに、大学の資料を隅々まで読んで、その大学が求める人間像に少しでも近づけるように努力しました。
しかし、9月後半に第一志望は取られてしまったのですが、第二志望の成城大学の指定校をもらうことができました。そこからは成城大学へと切り替えて、夏休みに学んだことを活かし、試験に向けて準備しました。また、受験する学科が国文学科だったため、塾長から夏目漱石や芥川龍之介の本を借り、文庫本を5冊以上読み、面接に備えました。そして、無事に合格することができました。
指定校だからという考えを捨て、緊張感を持って全力で取り組むことが大切だと思います。

私の性格を理解してくださっている塾長から大学や就職活動に役立つことも教わり、私にとっても無駄になるものは1つもありませんでした。
高校受験、大学受験と大変お世話になり、本当に感謝しています。塾長、教室長、講師の先生方、ありがとうございました。

(平成30年 広尾高校 卒)

東京農業大学 合格

僕は高校三年生の八月にnito個別学院に入塾しました。

僕は野球部に所属していたので、部活を引退するまではずっと野球だけに集中しており、大学受験に対する勉強は一切やっていなかったので、この塾に入って一から勉強しよう、と思いました。

塾に入る前に塾長と、教室長と面談しました。
そのときに自分の第一志望は東京農業大学であるということを伝えると、先生方は、「それじゃあ、これから本気で毎日15時間くらい勉強しないとだめ、東京農業大学どころか大学に入れるかも分からないよ。」と厳しい言葉をもらいました。

しかし、この言葉が僕を本気にさせました。

それからは、ほぼ毎日自習室で勉強しました。
自習室は静かで、勉強するには最適な場所でした。
自習室には他の高三もいて、その存在もまた、僕の勉強への意識を高めてくれました。

講師の先生方はとても丁寧で、今まで勉強していなかった僕にとっても、とても分かりやすかったです。
また、分からないことがあったらいつでも質問に来ていいよ、と言ってくれたので、質問がしやすかったです。
授業中は真剣ですが、休み時間は先生方も生徒たちも楽しく話していて、雰囲気がとてもよくメリハリがしっかりしていてとてもよい環境でした。
そして、塾長と教室長は塾から帰る時はいつも、頑張ってねと僕を励ましてくれました。

最後の模試でも結局、東京農大はE判定でしたが、僕は入試の前日まで諦めず、必死で勉強しました。

結果は、なんと合格でした。
言葉では言い表せないくらい嬉しかったです。
最後まで諦めずに勉強して良かったです。

先生方には本当にお世話になりました。
励ましの言葉だけでなく、厳しい言葉があったからこそ合格にたどりつくことができました。

本当にありがとうございました。

(平成28年 都立広尾高校 卒)

玉川大学 合格

私は高校二年生の初めにnito個別学院に入りました。理由は、当時学校で英語の成績があまりいいものではなかったことと、私の通っている高校の附属の大学には私が希望する小学校の教員免許のとれる学部学科がなかったため、他大学の受験をするつもりでいたからです。そこで、弟を先に通わせていた近所の個別塾に行こうということになりました。

私は中学から私立の中高一貫校に進んでいたため、地元にあまり知り合いは多くいなかったので、もちろん最初にnitoに行った時も知っている顔は弟一人だけでした。しかし、塾長、教室長をはじめとした先生方のとてもフレンドリーな接し方のおかげですぐに打ち解けることができ、楽しく毎週通うことができました。高校での成績も先生方の丁寧な指導のおかげで少しずつ少しずつ向上させることが出来ました。

高校三年生になる頃、そろそろ大学受験に向けた勉強も始めなければと思い、いわゆる大手予備校と言われるところと並行して通っていましたが、予備校の日程にも合わせてすぐにnitoの方の予定も変えて下さり、とても助かりました。

ここでAO受験の指導を受けようと決めたのは高三の八月のことでした。以前から塾長と何度も進学先についての面談をしていただいている中での一つの選択肢だったのですが、できる限り一般受験での道も考えて勉強してきた上での決断でした。AO受験の書類を大学に提出するまでの期間はたった二か月しかありませんでしたが、予備校の夏期講習と並行して数少ない時間を使って与えられた課題を一つずつこなしていく日々でした。毎回塾長につきっきりで指導していただき、提出期限が近付くにつれ自分でも納得のいくものが出来上がっていきました。たまたま私の将来の夢が小学校の教員になることだったのですが、両国教室の教室長が小中高の教員免許を持っているということで、書類を書く際にはたくさんのアドバイスを頂くことができました。そしてたくさんの方の協力のおかげで作り上げることが出来た書類を大学に送って一カ月弱待ち、無事合格することができました。とにかくホッとしました。

通い始めて二年ちょっとでこの塾を去るのは寂しいものがありますが、まずは何より長い間、僕のためにたくさん支えていただきありがとうございました。弟も私と同じようにnitoの指導でまずはちゃんとした高校に入れるように祈っております。


(平成31年 明治大学附属中野高校 卒)

国学院大学 合格

私は高2の時に入塾しました。その時英語が苦手で高1の内容はおろか、中学の内容さえ危うい状態でした。そのため塾では中学の内容から始めました。

所詮中学の内容だ、多少は出来るだろうと思い教材を見たところは中1の内容も出来ないことに気づき、自分がどれだけ勉強をさぼってきたのかを実感しました。
それから少しずつですが勉強を始め、高
2の終わり頃には英語のクラスが1番下から真ん中のクラス、そして高3のクラス分けでは1番上のクラスになることが出来ました。

本格的な受験勉強が始まってから1番足を引っ張った科目は数学でした。高2の頃には1番得意な科目だったので、選択科目に選びました。けれど受験勉強となると広い範囲でどの公式を利用するのかどのような手順で解くのかが分からず1番苦手な科目になってしまいました。しかし講師の先生方が覚えの悪い私に丁寧に教えて下さったおかげで勉強開始時に比べ、分かる問題も増え、高2の時感じた数学を勉強する楽しさを思い出すことが出来ました。

私の要望を聞き、的確なアドバイスを下さった塾長。受験で不安になっているとき声を掛けて下さった教室長、そしてどこをどうすれば私が出来るようになるのかと考えいつも親切に教えてくださった講師の先生方には感謝の気持ちでいっぱいです

大学ではずっと学びたかった法律を学び将来に役立つ有意義な4年間になるよう頑張りたいと思います。

(平成30年 川村高校 卒)

日本大学大学歯学部 合格

中学1年生に時に、私の学校での順位は下から数えた方が早い順位でした。
そんな時に入った塾でちゃんと勉強を理解できるか不安だったのですが、nito個別学院では、先生たちが個別で丁寧に教えてくれるので、しっかりと理解することが出来ました。
そのおかげで、日本大学第一高校合格できました。

高校では、勉強しないでグダグダとした生活が続いたまま、3年生へとなろうとしていました。元々、計画を立ててコツコツと勉強するタイプの人間ではないので、その生活を改善するのはとても難しいことでした。おそらく1人の力では無理だったと思います。ですが、模試の結果を見たり、定期的に行われる面談などで私に危機感を持たせてくれるような言葉を掛けてくれたりしていただいたおかげで自分も危機感を持ち始め、勉強する習慣が身に付けることができました。
また、受験において1番大きかったのは、3年生の夏休みに先生にちゃんとした計画を立ててもらったことだと思います。そのおかげで、自分で計画に書かれているページ数をやり、分からない所は塾で丁寧に説明してもらうという形で勉強を続けていくことが出来ました。その結果、行きたかった歯学部に合格しました。

この高校生活で計画を立てて勉強する重要性が分かったので、大学に行っても計画を立てて勉強することを心掛けたいと思います。
また、先生たちの支えがなければ、大学に入ることすら出来なかったと思うので、お世話になった先生方にはとても感謝しています。

(平成29年 日大一高校 卒)

専修大学 合格

僕がこの塾に入ったきっかけは、中学2年生の夏頃、日に日に下がってゆく僕の英語の成績を見かねた母によって連れてこられたことでした。
高校受験では、高校のレベルを1つ落としはしたものの、塾長や先生方のサポートのおかげで無事に合格し、高校生となりました。

しかし、高校生になった僕は高校での勉強を、生徒会活動が忙しいということを言い訳にしてサボっていました。
テストがあっても12日前にテスト範囲の内容を詰め込んで、テストにのぞむこともざらでしたし、覚えた内容もテストが終わればすぐに忘れてしまいました。

そんな僕が高校3年生の時、指定校推薦というシステムを知りました。僕の行きたい大学の条件の評定が、次のテストで挽回すればギリギリ届くということもあり、今までサボっていた分のつけを払うつもりで、テストのために必死に勉強しました。
そのかいあって学年6位になり、大学の条件をギリギリ満たすことができ、そのまま高3の夏を迎えました。

今から考えれば、これが大きな転機だったと思います。

指定校推薦に申し込んだ僕は、誰も同じ大学には申し込まないだろうと高をくくり、夏休みの勉強をほとんどしませんでした。
そして夏休みが終わり、推薦の校内選考の結果はまさかの落選でした。
当然のことながら、模試の結果は散々で塾長にボロクソに言われ、ここでようやくこのままではヤバいなと危機感を覚え、受験勉強が始まりました。しかし、勉強をしても模試の結果はほとんどE判定かD判定でその度に塾長に怒られ、正直塾に行きたくないと思ったことも多々ありました。その度僕は塾長を必ず見返してやると執念を燃やしながら勉強に取り組みました。

受験勉強をここまで続けることができたのはこの塾の先生方のおかげだと思います。特に現代文を教えてくれた小嶋先生や英語と日本史を教えてくださった山本先生には感謝してもしきれません。
ほかにも多くの先生方に支えられ、当日の試験にも気後れすることなく受けることができました。

そして本命の大学に合格し、合格書類を受け取ったときに、「やっとやり遂げたのか、今まで勉強してきて本当によかった。」と心から思いました。

この受験までの5年間をnitoで送ることができて、本当に良かったと思っています。5年間本当にありがとうございました。

(平成29年 深川高校 卒)

実践女子大学 合格

私は定期テスト直前に詰め込み、模試では点数が取れないということをずっと繰り返していました。
しかし、大学受験をするためにはこのままではまずいと思い、高校2年の終わりにnito個別学院に入りました。

この塾に入って一番驚いたことは先生の明るさです。塾というものは堅いイメージがあったので、とてもフレンドリーな先生達に驚きながらも楽しく通うことができました。
フレンドリーな一方で、丁寧かつ分かりやすい説明をしてくれる先生たちばかりで着々と成績を伸ばすことができました。テスト直前に詰め込むだけだったので、理解したつもりのことがとてもありました。特に英語では、あやふやに覚えているところがたくさんあり、その都度先生に指摘を受けました。何度も繰り返すことで自分のものにしていきました。

塾長との面談では、どれだけ勉強が足りていないか、このままでは大学へ行けないということを目の当たりにしました。それからは大学に向けての勉強により力が入りました。先生方も私に足りていないところを埋めるための課題を与えてくださいました。この1年は今までと比べ物にならないくらい勉強しました。

私の受験は指定校推薦でしたが、この推薦を受けた後の模試でA判定を取ることができました。この判定は今までの勉強の積み重ねのおかげだと思います。
また、塾長の厳しい言葉や先生方の励ましが私の力となりました。もしこの塾に通っていなければ、A判定どころか、指定校推薦も取れていなかったかもしれません。

私の勉強を変えてくれたnitoと先生方には感謝しかありません。もう少し早く通い始めれば良かったかもしれないと思います。
この1年を有意義なものにしていただきありがとうございました。nitoに通えて良かったです。1年間ありがとうございました。

(平成30年 江戸川高校 卒)

学習院女子大学 合格

私は高校2年生の夏休み明けに受けた模試で英語の偏差値が43で、このままでは大学に行けないと思ったことが、nito個別学院に入ったきっかけでした。中高一貫の私立に通っていたので、高校受験の勉強もしたことがなく、受験勉強をするのがはじめてでした。正直なことを言うと、勉強は学校の学期末テストで良い成績をとるためにやるものだと思っていたので、いつもテスト前に詰め込む勉強しかしていませんでした。だから、高2なのに、中学の英語の文法もあやふや。基本は分かるけれど、完璧じゃない。どこか少し抜けてる。

基礎が固まっていなかったので、英語はだいぶ苦労しました。でも、英語は全然できなかったけれど勉強するのは好き。部活の力ではなく、勉強して自分の力で大学に入りたいと思ったのがきっかけでバレー部をやめ、勉強に専念しました。

勉強をはじめた最初の頃に、塾長から「顔色が悪くなるくらいまで睡眠時間を削って勉強すれば受かるよ。」と言われたり、「夏休みは一日15時間勉強するんだよ。」と言われたり、夏休み中はずっとこのままで私は大学に受かるのだろうか、と何度も思ったりしました。

そして、不安になった時、いつも先生方に励まされていました。

とくにこの一年間は、塾長、教室長、高先生、神津先生や親や担任に支えられて過ごした一年でした。たぶん、私の人生の中で、これほど勉強した一年は後にも先にもないと思います。そして、英語を教えてもらった神津先生と現代文と古文を教えてもらった高先生に本当に感謝しています。本当に頭が良くてかっこよくて尊敬しています。

このように、いろいろなアドバイスや先生方の言葉に励まされて、当日は自信を持って受験することができました。大学合格という文字を見た時は、「本当に勉強してきてよかった。」と思うと同時に、感謝の気持ちで一杯でした。本当にnitoに行ってよかったです。一年間、ありがとうございました。


(平成27年 修徳高校 卒)

国士館大学 合格

私がnito個別学院に入ったのは高校3年生の夏でした。
私はそれまで大学進学のための努力や勉強をしていなかったので、親に心配されてnito個別学院に入りました。

塾に入るまではテスト勉強以外ほとんど予習・復習せず、大学のことも興味を持った大学を少し調べるだけで、生活のリズムも乱れていました。しかし、塾に入ってからは、塾に1日のスケジュールを作ってもらい、生活のリズムを整えることができました。そして、受験する大学を1つに絞り込み、AO入試などの推薦の対策をし、小論文や面接の練習などを何度もしてくれました。また、私は字が汚かったのでひらがななどを綺麗に書けるように何度も練習しました。

塾の授業では、もし推薦入試で合格できなかった時のために英語と古典を勉強し、塾で授業がない時でも塾が休みの時以外は塾に来て勉強するようにしました。塾に入ってから1ヶ月くらいは変わった生活に慣れることが出来ず、とても辛かったけれど、周りの人から「この大学はお前には厳しんじゃないか」や「他の所に変えた方がいいんじゃないか」などと言われ、とても悔しくなり、周りを見返してやろうという気持ちで勉強の辛さを乗り越えることが出来ました。また、厳しい言葉をかけながらも入試に向けた勉強や練習をしてくれる塾長・教室長・先生達の優しさにとても救われました。

しかし、最初に受けたAO入試では合格することが出来ず、とても悔しかったです。それでも1回不合格になってしまっただけでは諦めることが出来なかったので、同じ大学の公募制推薦を受けることにしました。結果は合格し、今までの努力が報われたと思いとても嬉しかったです。

私が国士舘大学に合格することが出来たのはnito個別学院の塾長・教室長・先生達のおかげです。いろいろと迷惑をかけましたが、ありがとうございました。

(平成30年 日本橋高校 卒)